一緒に食べたい人がいる『土を喰らう十二ヵ月』レビュー
『飢餓海峡』等で知られる作家水上勉の料理エッセイ『土を喰う日々ーわが精進十二カ月ー』を原案に、沢田研二が主演を務めた『土を喰らう十二ヵ月』が11月11日(金)より公開される。
少年時代に京都の禅寺で精進料理を身に付けた主人公が長じて作家となり、季節ごとの野菜を材料に体にも心にもしみわたる料理を作る。四季折々の料理とともに紡がれる人間模様を一年を通して描き出す。
信州、北アルプスを望む山荘で犬の「さんしょ」と暮らす作家のツトム(沢田研二)。
自分の畑で育てた旬の野菜、山に分け入り収穫した山菜を材料に日々の料理を作り、四季の移り変わりを感じながら静かに暮らしている。時折、担当編集者であり歳の離れた恋人でもある真知子(松たか子)が東京から訪ねてくる。
真知子が来る度にツトムは折々の食材を料理しては振る舞い、二人で囲む食卓はしみじみとした幸せに包まれていた。満ち足りた生活を送るツトムだが、13年前に亡くなった妻八重子の遺骨をまだ手元に置いたままだ。八重子の母、チエ(奈良岡朋子)に早く納骨するよう諭されるが、中々ふんぎりが付かない。変わらないように思えたツトムの生活は季節とともに少しずつ変化してゆく。
ツトムは畑から野菜をとり、山野から山菜やキノコをとり、そのまま料理をつくる。真知子に振る舞うためのあぶった小芋や筍の煮物、義母の手作り味噌、少年時代を過ごした禅寺に想いを馳せながら味わう梅干し、来客のためにつくる胡麻豆腐…。
肉や魚は登場しないけれど、なんと豊かで工夫や知恵に溢れた食べ物の数々だろうか。四季を感じながら自分のため、大切な人のために旬の食材で料理をつくること、土に根差して生きることは現代ではとても難しくなってしまった。だからこそツトムの暮らしには憧れを抱かずにはいられない。
いまだに消化しきれぬ妻の死、恋人と過ごす団欒の暖かさ、厳しい少年時代の日々、いつか訪れる死への恐怖など、ツトムを取り巻くあらゆる思い出や経験は料理と密接に結び付いており、食べることはすなわち生きていることなのだと気づかされる。何を食べるか、誰と一緒に食べるかは自分の人生を選択するのと同じなのだ。
『ナビィの恋』(99)の中江裕司が監督・脚本を務め、食を通じて人々の喜びや悲しみ、自然との暮らしを丁寧に描いている。主演は今なおミュージシャン、俳優として活躍を続ける沢田研二。老齢に差し掛かりながらも食への意欲と好奇心を失わず、日々を大切に生きるツトムを静かに漂う色気と存在感で魅力的に演じている。
ツトムの料理をこよなく愛する年の離れた恋人真知子に松たか子、ツトムの義母チエに奈良岡朋子、山菜取りの師匠である大工には火野正平、かつての奉公先の住職の娘に檀ふみなど、味わい深いキャストが脇を固めている。また料理研究家の土井善晴が作中の様々な登場する料理を手がけている。
人生にとっての食の重要さ、何を食べ誰と食べるのか、自然と共に暮らすことの意味など、いつの間にかなおざりにしていた大切なものを本作は再発見させてくれる。
文 小林サク
『土を喰らう十二ヵ月』
2022年11月11日(金)より全国公開
©2022『土を喰らう十二ヵ月』製作委員会
配給:日活