落ちこぼれ天才学者の笑撃作『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』レビュー



ノーベル賞クラスの頭脳を持ちながら社会の中で冷遇され、才能を活かす職も安定した収入も得られない学者たち……。『いつだってやめられる』シリーズは、いわゆるポスドク問題を痛烈に風刺したイタリアンコメディだ。
当初は新人監督による単発のインディペンデント映画として製作されながら予想を上回る大ヒットと、母国イタリアから海外へ頭脳流出したポスドクたちの熱い支持を受けて、三部作化が決定した話題作。その完結編『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』がいよいよ日本で全国公開される。

シリーズ通しての主人公は、大学に勤める中年の神経生物学者・ピエトロ。専門分野では誰にも負けない天才なのに、経費削減に悩む大学からの給料は中華料理店の皿洗いよりも少なく、同棲している彼女と2人カツカツの生活を送っていた。
そんなある日、ピエトロは偶然にも合成麻薬と出会ってしまう。ドラッグは粗悪品でも原価の数十倍の値段で取引されると知った彼は、知識と才能を総動員して最高級の合法ドラッグを製造しようと決意。自身と同じく職にあぶれた学者仲間に声をかけ研究員ギャング団を結成した。
計算化学者、経済学者、文化人類学者などなど、ギャング団のメンバーはみんな社会人としては落ちこぼれながら、頭脳だけは超一流。それぞれが専門知識を思いっきりムダ使いし、合法ドラッグの製造から密売まで手がけた商売は大成功!ギャング団にはたちまち大金が転がり込むように。
しかし悪銭身につかず、裏社会の魔の手に警察の捜査と、徐々に雲行きは怪しくなる。それでも「いつだってやめられる!」と豪語するピエトロは、波乱の展開に飲み込まれていく……。

と、ここまでがシリーズ1作目『いつだってやめられる 7人の危ない教授たち』のあらすじ。物語はこの後のシュールなジョークで幕を閉じるはずだったが、前述の通り続編製作が決定する。
イタリア式喜劇だった1作目に比べ、2作目『いつだってやめられる 10人の怒れる教授たち』はアクションが大幅にパワーアップ!いろいろあったすえ女刑事の私設ギャング団となったピエトロたちは、今度は警察のために合法ドラッグ組織摘発に乗り出すことに。
前作ではドタバタしているうちにいつの間にか古式銃を手に薬局強盗をするはめになった彼らだが、2作目でもやはりいつの間にか歴史展示品の車で悪の組織を追うことになったりと、学術的素養のやたら高いギャグは相変わらず。

ところがここでピエトロは、最終章となる3作目へと続くライバル・ヴァルテルと遭遇。一見ただの合法ドラッグ組織に思えたヴァルテル一味だったが、実は化学を悪用した大規模テロを企てていた。
そのことに気づいたとき、ピエトロ率いるギャング団は警察内部の事情により逮捕されてしまっていた。迫り来るテロを防ぐべく、天才学者たちは獄中で再集結!その頭脳で今度は脱獄に挑む。

『いつだってやめられる』シリーズは新聞記事から始まった。
メガホンをとったシドニー・シビリア監督は、スーパーインテリの偉い学者が職にあぶれて苦労している身の上を書き連ねた記事を見たのが、本作の着想だと話す。そしてイタリア式喜劇の手法である「悲劇的な現実をも喜劇に変えてしまう」を取り入れ、現代社会を面白おかしく見せたいと思ったそうだ。
確かに1作目は観客を唸らさずにはおかないほどの華麗な喜劇である。窮地を切り抜けるトンチ、あっと驚く敵の正体、そしてラストのピエトロと彼女のやりとり……言うなれば三谷幸喜の大団円コメディをくるりと裏返したような、皮肉タップリに社会を風刺した傑作コメディだ。

しかし2作目、3作目と進むにつれ、物語の毛色が変わっていく。1作目の俯瞰した視点ではなく、ピエトロら落ちこぼれ学者たちに寄り添った視点になっていくのだ。

彼らは1作目では金と裏社会に翻弄されていたのに、2作目では才能を社会の役に立てられる嬉しさを知り、2作目では女刑事に言われておっかなびっくり悪と戦っていたのに、3作目では自らテロに立ち向かおうとする。勉強はできても社会人力は子どもなみに頼りなかった彼らが、なりゆきとはいえ困難を乗り越え成長する姿を描いているのだ。

思いがけず三部作となったことで、ポスドクたちの苦しい現実を複数の視点から描き出してくれた本シリーズ。今作『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』でピエトロたちが見せる、1作目とも2作目とも異なるたくましい「笑い」は、まさにグランドフィナーレにふさわしい。

文 澤田絵里

『いつだってやめられる 闘う名誉教授たち』
配給:シンカ
©2017 groenlandia s.r.l. / fandango s.p.a.
11月16日(金)、Bunkamura ル・シネマ他全国順次ロードショー

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