過去の土壌に愛の種を撒き散らせ『ブルーム・オブ・イエスタディ』レビュー



これまでたくさんのホロコーストに纏わる映画を観てきた。ユダヤ側、ドイツ側、アウシュビッツの惨状、戦後のアイヒマン裁判…あらゆる面から描かれるそれは、もはや確立されたコンテンツとなっている。あまりに悲惨で、忘れてはならない人類の歴史。使命感にも似た気持ちを抱いて、それらを観てきた。勿論そこに笑いやユーモアはない、あるわけがないと思っていた。しかしそんなイメージを覆す、ある映画に出会ったーー。2016年の「東京国際映画祭」でグランプリに輝いたクリス・クラウス監督作『ブルーム・オブ・イエスタディ』だ。

ホロコースト研究所に勤務する研究者のトト(ラース・アイディンガー)は苦悩していた。彼の祖父はナチスの親衛隊の大佐で、虐殺に加担していた。償いのため、祖父の罪を著書で告発し、世間からは称賛されたが家族からは非難され、勘当された。ホロコーストに真剣に向き合いすぎるため常に情緒不安定で、妻ハンナ(ハンナー・ヘルツシュプルング)との仲はとうに破綻していた。

2年をかけ準備してきた企画「アウシュビッツ会議」が間近に迫った頃、感情的になりやすい性格を理由に、トトは責任者から下ろされてしまう。最悪な気分でフランスから来るインターンを空港に迎えに行くと、現れたのは気分屋で激情的な女性ザジ(アデル・エネル)だった。ユダヤ人だった彼女の祖母はベンツのガス・トラックで殺害されたという。アウシュビッツ会議の準備に奔走しながら、加害者と被害者、真逆の立場の二人は激しくぶつかり合いながらも、なぜか惹かれ合っていくーー。

加害者と被害者の子孫が繰り広げるラブストーリー、しかし予想に反し、冒頭からひっきりなしに続くブラックジョークと破天荒な展開に度肝を抜かれる。空港に迎えに来たトトの車がベンツだと知るや、祖母を思い出して激昂し、怒鳴り散らして立ち去るザジ。アウシュビッツ会議のスポンサーを降りると言い出したホロコーストの生存者である老女優を説得に行くと、彼女の挑発に乗り、とんでもない暴言を放ってしまうトト。「こんなこと言っていいの?笑っていいの?」と不安になるほど無遠慮にホロコーストに踏み込んでいる。

しかし、そうだ、踏み込んではいけないと誰が決めたんだ?加害者と被害者が腹を割ってホロコーストを論じたっていいし、恋に落ちたっていいのだ。老女優が、彼が出席するならスポンサーを続けてもいいと言う学者に出席を願うため、トトとザジはウィーンへ向かう。そして二人の祖父母の更なる真実を知るためにラトビア、リガへと向かうのだがーー。

破天荒すぎるストーリーを不謹慎だと思うだろうか。しかし、この映画はむしろとてつもなく誠実なのだ。ホロコーストの生存者の子孫は、親族の辛い過去を再度体験することでトラウマを抱えたり、鬱病を発症したり、自殺未遂を繰り返すことがあるという。トトとザジは、苦しみながらも過去と向き合うのをやめない。そして傷つけ合い、ためらいながらもお互いに手を伸ばそうとする。赦しを乞い、赦すのは容易ではないが過去の囚われ人となり、そこにある愛に心を閉ざす必要はないのだ。世界各地で対立の構図が再び強まる今、この映画は強く心を揺さぶってくる。罵り合いながらも歩み寄った時、未来は確実に変わる。

大胆なアプローチで新時代のホロコースト映画を産み出したクラウス監督は、実は製作過程で自身の祖父が虐殺に関わっていた事実を知ったという。自らのパーソナルな部分にも食い込むハードな状況を乗り越え、作品は完成した。
頑なで不器用だが情熱を秘めたトトを演じたのは『アクトレス~女たちの舞台~』、『パーソナル・ショッパー』のラース・アイディンガー。大胆かつ純粋、真っ直ぐに生きるザジを演じたのはフランスの若手女優アデル・エネル。最近ではダルデンヌ兄弟監督の『午後8時の訪問者』で主演を務め上げた。
過去を忘れず、同時に未来を見つめる強さに満ちた映画、ラストシーンに差し込むのは未来への希望だ。

文:小林サク

『ブルーム・オブ・イエスタディ』
(c)2016 Dor Film-West Produktionsgesellschaft mbH / FOUR MINUTES Filmproduktion GmbH / Dor Filmproduktion GmbH
9月30日よりBunkamuraル・シネマ他全国公開

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