「幸せをほんの少し」探しているの『歓びのトスカーナ』レビュー



ここはイタリア、トスカーナ。陽光まばゆい土地に、様々な年代の女性が集う精神医療施設がある。
華やかな服装に日傘をさし、意気揚々と闊歩するのは入居者のベアトリーチェ(ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ)だ。一見優雅なマダム然とした彼女だが、虚言癖があり、自らを“伯爵婦人”と称して、あることないことまくしたてるため、周囲から煙たがられている。
ある日、施設に新しい入居者ドナテッラ(ミカエラ・ラマッツォッティ)がやってくる。全身にタトゥーが入り影のある雰囲気、美しいガブリエルを気に入ったベアトリーチェは、何かと世話を焼くようになる。最初は迷惑がっていたドナテッラも、ベアトリーチェの朗らかさに次第にほぐれ、二人は良き友人となる。ふとしたきっかけで二人は施設を脱走し、ドナテッラの引き離された息子に会いに行く旅に飛び出す。行く先々で騒ぎを巻き起こす二人のハチャメチャな旅路の行く末はーー?

主演の二人はいずれも心に病を抱えている。ベアトリーチェは元々裕福な家の出だが躁病で虚言癖があり、息をするように嘘をつく。詐欺で有罪判決を受けていて、実家から愛想をつかされている。
一方のドナテッラは控え目で礼儀正しいがが、重い鬱をもちパニックになると自分を抑えられない。かつて、引き離された息子への愛情から事件を起こした過去をもっている。

世間一般から見ると「普通じゃない」二人は旅先で数々のトラブルを巻き起こす。スケベ男の車を盗み、高級レストランで無線飲食し、ケンカをふっかけ、人々から「イカれてる!」と罵倒される。確かに彼女たちには、正常とは言い難い部分があるのだけれど、人間は「イカれてる」だけでは片付けられない。旅を続けるうち、ベアトリーチェとドナテッラの間にはエキセントリックだけど紛れもない友情が生まれるし、ドナテッラが息子を思う気持ちは深い母親の愛だ。「イカれてる」だけで彼女たちはできているんじゃない。誰だってギリギリで正常と異常のボーダーラインを歩いているのだ。些細なきっかけでラインを踏み越える可能性はある。誰もが正常で、誰もが異常なのだ。

素晴らしきは、二人をはじめ心を病む女性たちを厳しく優しく見守る施設のスタッフたちだ。上下関係ではなく、仲間として寄り添うスタッフたちに、本来のケア=思いやりであることを実感させられる。本作の施設では農作業や地域でのアルバイトを通じ美しいトスカーナの自然に親しみ、心を癒し再生するプログラムが細やかに組まれており、イタリアの精神医療に対する成熟度が伺える。

実はイタリアは精神科病院を“捨てた”国だ。1978年に精神科病院の新設、既設の精神科病院への新規入院・再入院を禁止する法律が制定され、精神医療は福祉は原則として地域精神保健サービス機関で行われることとなった。二人が暮らすのもそのスピリットを元に作られた施設であり、心を病む人を隔離せず、全ての人間を社会に融和させようというイタリアの寛容さとチャレンジ精神に感服せざるを得ない。

愛すべき大嘘つきベアトリーチェを演じるのは『二人の5つの分かれ道』『不完全なふたり』などのフランスの名女優ヴァレリア・ブルーニ・テデスキ。繊細で優しいドナテッラをイタリアの人気女優ミカエラ・ラマッツォッティが演じた。
監督は前作『人間の値打ち』で豪邸に住まう家族の欲望をあぶりだしたパオロ・ヴィルズィ。本作では人間の心にある闇だけでなく、まごうことなき光と希望も映し出している。イタリアのアカデミー賞にあたるダヴィット・ディ・ドナテッロ賞で作品賞、主演女優賞など主要5部門を受賞した切なく美しい物語は、あなたの心を癒すに違いない。

文:小林サク

『歓びのトスカーナ』(原題:LA PAZZA GIOIA)
©LOTUS 2015
http://yorokobino.com/
7月8日より、シネスイッチ銀座ほかにて全国順次ロードショー!

記事が気に入ったらいいね !
最新情報をお届け!

最新情報をTwitter で