女の人生また、ここからー『未来よ こんにちは』レビュー
「年を取るのが好き」という人は多くはないだろう。体力は衰え、顔のシワは増え、恋のチャンスは減り、子供の問題、親の介護、自分の老後について…たくさんの問題に直面し、年を取ってもろくなことがない若さに価値がおかれ、こぞってアンチエイジングに精を出し、若い恋人を得ようとし、過ぎ去った青春に想いを馳せる。だけど、そんな潮流と反対を行く”抗わない”生き方もある。
ナタリー(イザベル・ユペール)はパリの高校で哲学を教える50代後半の女性。同じく哲学教師で同志のような関係の夫ハインツ(アンドレ・マルコン)とは結婚25年目を迎え、二人の子供は既に独立している。認知症気味の実母(エディット・スコブ)のケアに手はかかるが、不自由なく幸せな日々を送っていた。
ところが、ナタリーの哲学書を長年扱ってきた出版社に契約終了をほのめかされたのを皮切りに、次々に問題が持ち上がる。長年連れ添った夫ハインツから「好きな人が出来た、彼女と暮らす」と打ち明けられ、さらに施設に入居した母親が呆気なく亡くなってしまう。可愛がっていた元教え子のファビアン(ロマン・コリンカ)とは意見が対立し喧嘩別れしてしまい、結局出版社との哲学書の契約は終了してしまった。
充実した日々から急転直下、一人になってしまったナタリー。彼女は果たしてこの苦難をどう乗り切るのかーー。
しかし、彼女がとった行動はただ「逆らわない」ことだった。変わらず学生に哲学を教え続け、若い恋人との生活を選んだ夫に呆れつつも彼の意思を尊重するーー母の死も冷静に受け入れた。
しかし、それはけして平気だからではない。起きる出来事のたびに、ナタリーは間違いなく傷つき、落ちこみ、途方に暮れた瞬間がある。長年愛でたブルターニュの夫の実家の庭を愛人に渡したくない!と怒り狂う場面もある。しかし、人生には”自分の力ではコントロールできないもの”があると知る彼女は、やがて全てを受け止めていく。これぞ長年培ったオンナの包容力、吸収力だ。
流れに逆らわない、けれど、ナタリーは自分を枯らさない。若い学生たちの哲学サークルにアドバイザーとして参加したり、才能溢れるイケメンの元教え子への仄かな女心を覗かせたりと、常に心は前を向いているのだ(そしてーー映画館でナンパされたりもする!)
親もパートナーも子供も揺るぎない存在ではない。ただ自分一人だけとなったとき、ナタリーのようにしなやかに、ユーモアをもって生きていくことができるだろうか?孤独も老いも受け入れ歩んで行く、それは自立した大人の人間力に他ならない。
“ひとり”を軽やかに歩き出すヒロイン、ナタリーを演じたのはフランスの至宝イザベル・ユペール。シワやたるみもなんのその、華奢で色白な体で鮮やかなノースリーブワンピースを着こなし、円熟した女性の強さと可愛さを体現している。
監督は『あの夏の子供たち』、『EDEN/エデン』のミア・ハンセン・ラブ。ユペールを主役に脚本を当て書きし、まだ36歳の監督が50代後半の女性の孤独と覚悟を清々しく美しく描ききった。本作で第66回ベルリン国際映画祭銀熊(監督)賞を受賞している。
一人を生きると受け入れた時、また新しい誰かに出会う未来への希望もそこにある。
これからを生きる大人たちへのお手本のような、エールのような素晴らしき孤独を描いた作品、必見だ。
文:小林サク
『未来よ こんにちは』
©2016 CG Cinéma · Arte France Cinéma · DetailFilm · Rhône-Alpes Cinéma
2017年3月25日より Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次ロードショー
監督・脚本:ミア・ハンセン=ラブ
出演:イザベル・ユペール、アンドレ・マルコン、ロマン・コリンカ、エディット・スコブ
2016年/フランス・ドイツ/102分/カラー/1:1.85/5.1/
原題:L’AVENIR/英題:Things to come
協力:フランス大使館/アンスティチュ・フランセ日本、ユニフランス 配給:クレストインターナショナル
公式サイト:crest-inter.co.jp/mirai/