In your own “AYAKASHI” way『加藤くんからのメッセージ』レビュー
――In your own “AYAKASHI” way―― 『加藤くんからのメッセージ』レビュー
時折、困った映画に出会う。
実に、馬鹿馬鹿しくて……
実に、痛々しくて……
実に、観てられなくて……
実に、身に詰まされて……。
だがしかし……実に、愛おしい――。
『加藤くんからのメッセージ』は、そんな作品である。
『加藤くんからのメッセージ』解説:
加藤寿信――36歳(撮影当時)、独身。大学受験の失敗、大失恋、漫画家になる夢の挫折。青春の全てを過ごした早稲田大学を11年かけて卒業するも、契約切りにおびえながら月収9万円で働く日々。そんなどん底の彼を這い上がらせたのは、“妖怪になる”という夢だった。彼は、妖怪・加藤志異(かとうしい)として生まれ変わる!
彼の妖怪活動と人間活動を2年間追いかけたのが、監督/萌え声OL・綿毛(わたげ)だ。映画をつくることが“夢”だった彼女が初めて製作した本作は、「イメージフォーラムフェスティバル 2012」観客賞を皮切りに、「TAMA CINEMA FORUM 2013」ある視点部門ノミネート、「座・高円寺ドキュメンタリーフェスティバル 2014」コンペティション部門入賞に輝いた。
妖怪と萌え声OLが非リア充たちに贈る、人間応援ドキュメンタリー。さぁ、叫ぼう!「夢は叶う!」
妖怪・加藤くんは、“妖怪演説”を執り行う。大隅講堂前で、井の頭公園で、養老天命反転地で、スクランブル交差点の雑踏で。
人間・加藤くんは、転機となった場所を訪ねる。明治大学を、横浜国立大学を、早稲田大学を。
そして、加藤寿信が加藤志異となる夢を与えてくれた人生の恩師に思いを馳せる。座右の銘を与えてくれた沢木耕太郎氏に、夢を肯定してくれた友成真一教授に、生き方に大きな影響を与えてくれた荒川修作氏に。
加藤くんは、帰郷する。病身の父を見舞うために、“妖怪になる”夢を両親に報告するために――。
その全てを、カメラは主観を交えて記録する。否、綿毛監督の主観オンリーで“加藤くん”を写していく。
そのためなのか、観客は大変奇妙な観後感を味わうことになる。ドキュメンタリー作品を観たと言うよりも、プライベート映像を観たような不思議な感覚……(バ)カップルのラブラブ動画や、我が子の成長記録と言った類の、極めて個人的なフッテージをウッカリ覗き見してしまったような背徳感に近い苦味を。
例えば、加藤志異氏が“異種間会話”を試みる場面がある。加藤くんの“夢”に対してそれまで半ばせせら嗤っていた(失礼)観客が恐らく彼の“妖怪性”を初めて目の当たりにし震撼する作品中屈指の名シーンであるが……驚くなかれ、ホワイトバランスが取れていないため、肝心の被写体がハレーションで写っていないカットがあるのだ。だが数秒の後、観る者は理解する。画面は、確りと露出調整された加藤志異にパンされる。綿毛監督の眼が追っているのは、飽くまでも加藤くんだけなのだ。
極めてインディビジュアルで画質もサイズも一定しない(一部は、スマートフォンで撮られたと思しき動画!)映像の断片をドキュメンタリー作品として成立させ、最後まで飽きさせず観せきってしまうパワーは驚嘆に値する。
その源は、取りも直さず綿毛監督の愛(“興味”なのか“愛着”なのかは分からないが)の成せる業である。
そしてもう一つ、監督の残酷なまでの愛あるカメラに晒されて尚輝く、加藤くんの魅力に他ならない。
『加藤くんからのメッセージ』は、綿毛監督からの極めて個人的な“妖怪・加藤志異”への熱烈なファンレターであり、“人間・加藤寿信”への真摯なラブコールである。そして、大いなる“愛”に満ち満ちた、加藤くんへの身も蓋もないダメ出しである。
観客がこんなにも得体の知れないドキュメンタリー映画に木戸銭を落としあまつさえ拍手を送るのは、この作品の存在自体が“キセキ”であることの証左であろう。
最後まで観続けたにも係わらず、ドキュメントの対象のことがより分からなくなった作品を、初めて観た。
そして、そんな愚かとも思える行為に費やした90分を後悔しなかったのは、初めての体験だった。
文・高橋アツシ
『加藤くんからのメッセージ』
キャスト:加藤志異 監督:綿毛 (C)綿毛
12月6日(土)よりシアター・イメージフォーラムにてレイトショー、ほか全国順次公開
『加藤くんからのメッセージ』公式サイト