『おやすみなさいを言いたくて』レビュー
子供の頃、母親が時折用事で帰宅が夜遅くなる時、窓の外の暗闇を見つめ、ひたすら心配していたことを思い出した。
「お母さん、大丈夫かなあ。」
大切な人を想う気持ちは、祈りにも似る。
レベッカ(ジュリエット・ビノシュ)はアフガニスタン、コンゴなど世界の紛争地帯を飛び回る報道写真家。写真家としての輝かしいキャリアは、アイルランドで待つ家族の支えがあってのものだった。理解ある夫、マーカス(ニコライ・コスター=ワルドー)、頼りになる長女ステフ(ローリン・キャニー)、天真爛漫な次女リサ。厳しい仕事が終われば家族の元へ舞い戻り、羽を休め、また次の撮影へ旅立つ。そんな日々を送っていたレベッカだが、ある時撮影中に爆発に巻き込まれ、重傷を負ってしまう。
家族の元へ帰ったレベッカは、初めて彼らの本当の想いを知る。妻と離ればなれの生活に悩む夫、思春期のステフが抱く寂しさ、母の死への恐怖・・・。悩み抜いた末、レベッカは家族との生活を選び、仕事を辞める決意を下す。
これは紛れもなく、女性の映画だ。
ほぼ世界共通で女性に求められる役割、「妻であり、母であること、夫や子供の側にいて家庭を守ること」と、人生をかけた仕事の狭間で、レベッカは苦悩する。
もし主人公が男性ならば。
夫や父親の場合、不在がここまで決定的なテーマになり得るだろうか。なぜ彼女には、「両方選ぶ」という選択肢はなく、仕事と家族、どちらかを選ばねばならないのか。
家族と共に在るのは、女性に何よりも求められ、それは女性自身も重視していることだが、現代に生きる女性には「仕事」という大きな選択肢もある。とりわけレベッカのそれは、彼女の人生そのもの、とも言える情熱を注いできた仕事だ。不条理な紛争で虐げられる人々の姿を伝えたい。その強い意志が彼女を紛争地帯へと駆り立てる。そこに恐怖や躊躇はない。
仕事に生きるレベッカが「動」ならば、アイルランドでの彼女の生活は「静」だ。家族一緒の穏やかな生活。周囲の人々は紛争地帯に思いを馳せることもない。幸せなはずの日常に、違和感を覚えるレベッカ。
自分の居るべき場所はどこなのか?家族か、それとも仕事か。
そして起きる、決定的な出来事。運命はレベッカに決断を迫り、彼女は本能的に選択する。それが全ての答えだった。
レベッカの決断を、あなたは、とりわけ女性のあなたは、どう思うだろう?
賞賛するだろうか、それとも、批判するだろうか。どちらにしてもこれは彼女の人生、彼女の選択だ。
誰もが寂しさを抱える子にもなり、苦悩する母にもなり得る。
誰にも彼女の決断をジャッジ出来ないのだ。
苦悩するヒロイン、レベッカを大女優ジュリエット・ビノシュが熱演する。繊細だが、激しい情熱を秘めた女性、その生きざまは、観る者に自らの人生を内省させる。そして、レベッカの長女ステフを演じるローリン・キャニーの真っ直ぐな眼差しが印象的だ。思春期のさなか、少女は寂しさに揺れながら必死に母を理解しようとする。
ただひとつ確かなこと。
いつでも、どこにいても、母は子を想い、その幸福で穏やかな眠りを願う。
ラストシーンの「おやすみなさい」に込められた万感の想いを、あなたはどう受け止めるだろう。
文 小林麻子
『おやすみなさいを言いたくて』 (原題:A Thousand Times Good Night)
キャスト:ジュリエット・ビノシュ、ニコライ・コスター=ワルドー、ラリー・マレン・ジュニア 監督:エーリク・ポッペ
配給:KADOKAWA 宣伝:オデュッセイア、ミラクルヴォイス
(c) paradox/newgrange pictures/zentropa international sweden 2013
PHOTO (c) Paradox/Terje Bringedal
12月13日(土)角川シネマ有楽町ほか全国ロードショー
公式サイト oyasumi-movie.jp