それで、しあわせ でも、しあわせ『こっぱみじん』鑑賞記


koppa2それで、しあわせ でも、しあわせ ――『こっぱみじん』鑑賞記――

「僕はずっとピンク映画撮ったりVシネマ撮ったりしてたんですが、いまおかしんじ監督、坂本礼監督、榎本敏郎監督の同じピンク映画時代の仲間と4人で“冒険王”と言う会社を自分で作りました。『こっぱみじん』は第一回製作作品で、今後も4人で映画作っていこうと思ってます。今日はどうもありがとうございます」

2014年8月23日、『こっぱみじん』上映後の舞台挨拶に立った田尻裕司監督がこう切り出すと、名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)の観客席から割れんばかりの拍手が起こった。(左より、田尻裕司監督、今村美乃、小林竜樹、中村無何有)

『こっぱみじん』解説:20歳の美容師・楓(我妻三輪子)は目標もなく、彼氏とも惰性で付き合っている。ある日、初恋の相手である幼なじみの拓也(中村無何有)が六年ぶりに街に帰ってきた。あたたかく励ましてくれる拓也に、楓は惹かれていく。楓の兄・隆太(小林竜樹)とその恋人・有希(今村美乃)と、四人で楽しい日々が続いた。しかし――。koppa1

平野勇治(名古屋シネマテーク支配人:司会進行)「こう言う映画を作ろうと思った切っ掛けみたいなものはあるんですか?」
田尻「2010年9月に僕は子供が生まれまして…当時、結構やさぐれてたんで、心が(笑)…ちゃんとした他人に自信を持って観せられる映画を作りたいと思って製作したのが切っ掛けです。子供を見てると、次世代と言うか、子供が大きくなってからのことを色々考えるようになって、“幸せについて”と言うか…僕の人生もそうでしたが上手く行かないこと一杯あったんですけど、それでも何かこう幸せでいられたんで…。望みとか…今回は恋愛感情の話にしていますけど、それが報われなくても幸せになれるって言う映画を作りたくて、このストーリーになりました」

田尻監督は、“上手く行かない”登場人物たちの心象をタイトルに込めたと言った。漢字の“木端微塵”では重過ぎるので、平仮名の『こっぱみじん』にしたと。上手く行かないことばかりでも、幸せ……人生は、そんなもの。『こっぱみじん』は、監督にとってハッピーエンドなのだ。

平野「役者の皆さんはそれぞれ難しい役だったと思うんですけれど、ご自分の役についての感想を教えていただければと思います。加えて、田尻監督の印象を」
今村美乃「(劇中、有希の体験を)経験したことが私はないので、表現であったり腹の括り方とかを色々考えたりしました。田尻監督は…なんでしょう(笑)…シャイな方なんですよね。でも結構お酒が入ると論議が勃発して、よくここ(登壇者4人)でバトルしてました(笑)」

有希は、隆太の恋人。大きな隠し事をしている。嘘は嘘を呼び、楓は有希を問い詰める。
有希が動くと、物語も動く。

小林竜樹「今回、田尻さんは「この映画は、あまり役者に対して演出をしない」ってことを敢えて言っていたんです…現代の若者そのままを描きたいとのことで。その通り役者陣に対してはほぼ演出してないんですけれど、僕は多分その中でも演出をされていました。難しかったのは感情的になるシーンで、隆太って言う役がそのシチュエーションに置かれた時にどう言う風になる男なのか考えて演ってました。それを話しながら、田尻さんは演出してくれました。拓也とのシーンや、有希とのシーンです。普段は田尻さんって凄く演出するらしいんですけど…僕らは、その田尻裕司を見ていないと言う…(場内笑)」
今村「ずっと撮影中「いつもはこんなんじゃないからね!」って言ってて(笑)」
田尻「あれは、長く付き合ってるスタッフが普段の僕と全然違うんで心配するから、それを説明してたつもりなんですが(壇上笑)」

隆太は、ビストロ『Soy Story』のオーナーシェフで、好い奴。友達も、恋人も、広い心で厚く包容する。
楓にとっても、好い兄貴。

中村無何有(なかむら・むかう)「僕、本当は共感できるのは隆太の方なんです。それでオーディションを受けたんですけど、受かったのが拓也(役)だったって経緯なんで…。メンタル的には(拓也と)近い部分もありますが…普通に(恋愛対象を)好きな男と違って、それまでどう言う目で見られてきたか自分の中での被害妄想的なところをどう表現するか、とても苦労しました。監督は本当、現場では何も言ってくれなかったんですけど…ただ、「このシーンもう一回演りたいな」とか「もう一回演らせてくれ」って言う想いはちゃんと見ててくれて、「よし、もう一回行こう」って。伝わったかどうかは別の問題だったかも知れないんですけれど、芝居をちゃんと見ててくれたんで心強かったです」
田尻「良いやり方だったかどうかは分からないんですけど、今中村くんが言ってた通りでOKの選択を役者に任せてるところがありました」

拓也は、看護師。一途な男。幼い頃に気付いた想いを、ずっと持ち続けている。
拓也が現れて、楓の日常は変わり始める。koppa4

小林「たまに、「オッケー」じゃなくて「オーライ」って出てましたよね」
今村「うん、「オラーーイ!」って(笑)」
田尻「(笑)…あれは、ただの元々の癖!」
小林「え?「今日、“監督オーライ”出た?」とか役者の中で言ってたんですよ(笑)!」
中村「「僕、一回も出なかった…」みたいな…」
田尻「僕は監督だから、基本的に自分の考えてることは表には出さないんで」
今村「じゃあ、あんまり…って感じの時も「オラーーイ!」って言ってたってことですか?」
田尻「そう。特にスタッフに対して言ってるとこがあって…弛んでて、気合を入れたい時とか」
中村「じゃあ…「オーライ」もらってない僕の現場が、実は一番よかったってことですか?」
平野「今はじめて明らかにされたことなんですか(笑)?」
小林「名古屋に来て、よかったです…みんな、本当に気にしてたことだったのに(笑)」

音楽が意図的に排された作品世界の中、4人の想いは謐かに交差する。
優しく、温かく、力強く。

平野「皆さんオーディションで選ばれたんですか?」
田尻「そうです。キャスティング・プロデューサーと僕と脚本の西田(直子)さんと3人でオーディションやったんです。拓也は格好いい人、美少年だろうと、皆んなホン(脚本)を読んで思ってたんですけど…」
中村「僕もそう思ってました」
田尻「僕以外の2人は「小林くんが拓也で中村くんが隆太で良いですよね?」って言うから、僕は「逆だよ」って言ったんです。そうしたら、凄く驚かれて…」
小林「でも、オーディション…僕2回受けたんですけど、両方とも拓也を演ったんですけど…?」
田尻「それは、意図があるんですよ。小林くんの拓也は格好よすぎて絶対ダメだって、僕は最初から思ってたんですけど…オーディションは掛け合いなんで、誰かがどっちか(メインキャストの拓也か隆太か)を演らなきゃならないんで。たまたま相手役の人の“隆太”を見たかったから、小林くんに拓也を演ってもらっただけなんで…色々あるんですよ、色々(場内笑)!」
平野「今村さんについては、如何ですか?」
田尻「最初の…1回目のオーディションの時に、今村さんはいらっしゃってなくて…海外ロケに行ってて…」
今村「そうです…日本に居なくて…」
田尻「有希役は、納得できる人がいなくて…有希はやっぱり難しかったんです、外見も左右されるし…。有希だけペンディングにして、今村さんが戻ってくるのを待たしてください、と。僕、今村さんは『ヒミズ』(監督:園子温/130分/2012年)でしか観てないんですけどね…身体に“メスブタ”って書いて下着姿でゴミを捨てに行くシーンで。でも結構それが印象に残ってたんで、待たせてもらって…後日帰ってからオーディションして、今村さんに決めたんです」

楓・拓也・隆太・有希――4人は桐生の街に溶け込み、周りの空気ごと移動する。
楓がペダルを漕ぐ緑色の自転車が、有希を乗せたワンマン電車が、拓也と隆太を見守る桐生川の流れが、街を渡る。koppa3

今村「明日からも毎日来ていただければ10回以上も観られると言うことで、何回も観ていただきたいと思います(場内笑)。きしめんを食べて帰りたいと思います。ありがとうございました」
小林「こう言う温かい雰囲気の映画館でトークするのは初めてだったせいか…初めて聞く話も沢山ありまして、凄く良かったです。もし良かったら、「楽しかった」とか「あんまり面白くなかった」とか何でも良いので宣伝していただけたら凄く嬉しく思います。今日は本当にありがとうございました」
中村「今回の舞台挨拶は、この4人でのトークショーで一番よかったんじゃないかと思います(壇上笑)。今日はありがとうございました」
田尻「僕は作品がこうして昼間上映される機会がピンク映画以外無くて、こう言った形でお客さんと話せる機会も今までほぼ無かったんです、映画の監督になって17年くらい経ってますけど。人の感想に飢えてるんで、色々感想を直接聞かさせていただければ有り難いです。どうもありがとうございました」

4人の若者の纏う“空気”を丁寧に紡いだ88分の物語がエンディングを迎えるその刹那、観客は暗転したスクリーンの中で『こっぱみじん』の世界に取り残される。映画と言う仮想空間から現実世界へ帰還せんとする観衆の目論見を“こっぱみじん”に打ち砕く衝撃を、どうか御観逃し無く。

取材 高橋アツシ

『こっぱみじん』公式サイト:http://koppamijin.com
名古屋シネマテーク公式サイト:http://cineaste.jp

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