まっすぐな心は未来をつかまえた『風をつかまえた少年』レビュー



世界最貧と言われる国、アフリカのマラウイ。電気を使用できるのは人口のわずか2%と言われ、長雨や干ばつにも襲われる厳しい環境で、わずか14歳にして風力発電の装置を作り、自家発電を成功させた少年がいた。彼の名はウィリアム・カムクワンバ。ウィリアムの発明は2010年に日本でも出版された『風をつかまえた少年』というノンフィクション作品となり、世界23か国で翻訳される大ベストセラーとなった。ウィリアムの功績に感銘を受けたイギリスの俳優、キウェテル・イジョフォーが10年をかけ作品を映画化、自らもウィリアムの父親役で出演している。

2001年、アフリカ・マラウイ。
14歳のウィリアム・カムクワンバ(マックスウェル・シンバ)は期待に胸を膨らませていた。今日は中等学校の入学式で、新しい制服に身を包み、友達と勉強に励むことを楽しみにしていたのだが、担任のカチグンダ先生(レモハン・ツィパ)から未納の学費を納めなければ退学だと告げられる。長雨で作物の収穫が出来ず、家にはお金がなかった。姉のアニー(リリー・バンダ)は大学進学を希望していたが、学費が賄えず家の手伝いをしていた。実直な父トライウェル(キウェテル・イジョフォー)と、父を支える母アグネス(アイサ・マイガ)は、何とか生活を建て直そうとするが、なかなかうまくいかない。
長雨が終わると今度は厳しい干ばつが始まり、一家はウィリアムの学費を賄えず、中等学校の退学を余儀なくされてしまう。理科の授業だけはこっそりと出席したウィリアムは、カチグンダ先生の協力で図書館に通うことを許され、そこでひとつの本に出会う。

「エネルギーの利用」というその本を読んだウィリアムは、風車による発電でポンプを動かし水を組み上げれば、干ばつの時でも作物の栽培が可能になると学び、希望に胸を踊らせる。その頃、干ばつはさらに深刻化し、追い詰められた村人たちは暴徒化、略奪が始まり、人々の心は荒廃してゆく。風車を作るため、トライウェルの自転車を使いたいと懇願するウィリアムに、父は激怒するのだがーー。

困難を乗り越えるため、ひたむきに学んだ少年が知識を活用して素晴らしい装置を発明し、人々を救う。まるで学校教材のような作品だ。ところが実際にははるかそれ以上の素晴らしさが詰まった作品だ。
アフリカの厳しい現実の中で必死に生きる、マラウイの人々の暮らしがこの作品には広大に広がっている。ひとたび雨が続けば洪水の危険にさらされ、日照りが続けば土地は干上がり、飢えに苦しめられる。政府の対策は不十分、陳情しても弾圧され、自由に意見を言うこともままならない。だが、この作品に描かれる彼らと、その国はとても美しい。
激しく降り注ぐ雨の中、砂ぼこりの巻き上がる赤い大地、レンガ造りの家々、鮮やかな服を着て笑顔で行き交う人々…。全てがビビッドで率直、生き生きとしていて、その圧倒的な美しさに心を奪われてしまう。

多くの人々は過酷な現実を受け入れて生きており、ウィリアムも家庭の貧困や、学校で学べない辛さを受け止めてはいるが、彼の素晴らしさは、問題を改善するために自ら行動したことだ。退学処分になりつつも、図書館で物理や化学の勉強を続け、廃品を利用して風車を製作した。
未来を切り開くために学び、知識を得ることーーこれこそが勉強の本質なのだ。「なぜ勉強をするのか」という普遍的な質問の答えは、この作品にある。

主役のウィリアムを、ケニアとマラウイでのオーディションで選ばれた演技未経験のマックスウェル・シンバが演じる。真っ直ぐな瞳で未来を見つめるひたむきな姿が眩しい。不器用で失敗ばかりだが、家族を守ろうと奮闘する父トライウェルをキウェテル・イジョフォー、父を支える厳しく優しい母アグネスを、セザール賞にもノミネート経験もあるアフリカ系フランス人女優、アイサ・マイガが演じた。

その後ウィリアムが歩んだ人生の道のりを知ると、学び、努力を続けることこそが、時に遠回りでも、未来を切り開くための最も大切な鍵だと胸を熱くせずにはいられない。勉強のさなかにいる子供だけではなく、大人も必見の感動の作品だ。

文 小林サク

『風をつかまえた少年』
配給:ロングライド
© 2018 BOY WHO LTD / BRITISH BROADCASTING CORPORATION / THE BRITISH FILM INSTITUTE / PARTICIPANT MEDIA, LLC
2019年8月2日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国順次公開

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