ほんのり ほっこり、はんなり まったり『タクシードライバー祗園太郎 THE MOVIE すべての葛野郎に捧ぐ』レビュー


土居志央梨という役者が好きだ。
彼女をスクリーンで初めて見たのは、林海象監督の『彌勒』(2013年/87分)だったと思う。だが、その名前を脳髄に刻み付けたのは、高橋伴明監督の『赤い玉、』(2015年/108分/R18+)だった。堂々の演技で小悪魔になりきった彼女を観て、凄い若手が出てきたと驚嘆した。しかも主演である奥田瑛二を向こうに回しての好演だといえば、筆者の驚きをご理解いただけよう。
その後も『鉄の子』(監督:福山功起/2015年/74分)で大きいとはいえない役ながら存在感を示し、『ヒメアノ~ル』(監督:吉田恵輔/2016年/99分/R15+)では短い出番に相応しくない強烈なインパクトを観る者に与えた土居は、『愛のマーチ』(監督:伊藤祥/2016年/61分)で才能を爆発させる。身体言語を駆使して表現しなければならないヒロインは土居志央梨という役者でないと成立しなかったはずであるし、彼女の出演がなければ『愛のマーチ』は傑作と成り得なかった。
今を時めく酒井麻衣監督が技術を磨き、女優としても活躍する監督ユニット・破れタイツ(吐山ゆん、西本マキ)が巡り会い、黒木華、水本佳奈子といった綺羅星の如きキャスト陣を輩出する京都造形芸術大学は、映画界にとって“新たな名門”と呼びたい注目の学府である。公開待機中の『すもも』(監督:井上泰治/2016年)で時代劇に挑戦した5期生の土居志央梨は、同大学出身者の代表となっていくはずだ。

そんな彼女の出演リストに、『タクシードライバー祗園太郎 THE MOVIE すべての葛野郎に捧ぐ』なる映画があった。
『タクシードライバー祗園太郎』について調べてみたところ、元々は京都を拠点に関西で活躍する劇団【ヨーロッパ企画】が手掛けたラジオドラマ『タクシードライバー・祗園太郎』(KBS京都/2010年1~10月)で、NHKで実写化したところ大評判となり2011~14年という長期間にわたり人気をさらった作品であった。
TVとはいえ短編作品が約1時間のオリジナル脚本で劇場映画化されることは極めて異例だが、好評を博したNHK版『タクシードライバー祗園太郎』は、その表現自体が独特の手法を採用していた。なんと『タクシードライバー祗園太郎』は、実写動画を背景に紙人形の登場人物を配した、世界でも類を見ない“ペープサートご当地動画”なのだ。

『タクシードライバー祗園太郎 THE MOVIE すべての葛野郎に捧ぐ』ストーリー:
祗園太郎(本多力/ヨーロッパ企画)は、しがないタクシードライバー。生まれてこの方、京都を離れたことがない。夢の中で“観光ゾンビ”に襲われながらも、愛して止まない古都・京都でタクシーを走らせている。
ある日のこと、京都駅から乗せた女性客(土居志央梨)は、目的地にギオンコーナーを指定する。しかし、ここで一つ問題が……生粋の京都人・祗園太郎は、なんと花街・祇園については何も知らないのだ。「それじゃ、祗園太郎じゃなくて祗園無知造さんじゃないですか!」と屈託ない笑顔を見せる美しい女性に、太郎は一目惚れしてしまう。
女性客を忘れられない祗園太郎は、テレビを観て驚愕する。彼女は祇園を舞台にした映画『ぎをん ~善に生きる』の撮影に京都を訪れた女優・奥多摩子だったのだ。意気揚々と映画のオーディションに挑む太郎だが、多摩子と共演を果たすことは出来るのだろうか――?

『祗園太郎 THE MOVIE』では、嫌味勇祐(石田剛太/ヨーロッパ企画)や喫茶チロルのおばちゃん(岡部尚子/空晴)らレギュラー陣も大活躍する。そして、言わずもがなの祗園太郎は、タクシーを降りてスクリーン狭しと駆けずり回る。
「生まれも育ちも古都・京都。これまで一度も京都盆地から外に出たことはない」という祗園太郎は、恐らく病欠か何かで小学校、中学校、高校と全ての修学旅行すら出席できなかったのであろう。卒業アルバムの修学旅行のページは、集合写真なしのスナップのみで構成されていることを強く願わざるを得ない。声を当てる本多力は【ヨーロッパ企画】で鍛えた確かな表現力で、棒の付いた紙でしかないはずの祗園太郎に命を吹き込んでいる。“花をもがれた荒野の砂”を自称する太郎は、今度こそ運命のひとを腕に抱くことが叶うのであろうか。
そんな祗園太郎のハートを一目で鷲掴みにしてしまうのが、人気(スポーツ紙の一面にスキャンダルが掲載されるレベルの)女優の奥多摩子である。世間の評判に傷つき、役作りに悩み、恋を謳歌する――そんな繊細さと天真爛漫さを併せ持つ多摩子に、土居志央梨はしっかりと魂を込める。彼女が声優を務めたからこそ、祗園太郎が一目で恋に落ちるヒロインが成立したのだ。

監督は、【ヨーロッパ企画】を旗揚げから支える永野宗典。KBS京都版・NHK版ともに『祗園太郎』の脚本を担当した永野監督は、『THE MOVIE』では満を持しての監督・脚本を担当する。永野宗典といえば、『サマータイムマシン・ブルース』(監督:本広克行/2005年/107分)『恋とオンチの方程式』(監督:香西志帆/2014年/90分)『サムライフ』(監督:森谷雄/2015年/118分)など、役者としての活躍も印象的だ。特に近作『Every Day』(監督:手塚悟/2015年/95分)では主演を務め、甘くて苦い“オトナのファンタジー”を表現していた。
そんな永野監督であるから、当然のように自身も出演している……しかも、映画監督の役で。そして、さも当たり前のように美味しい場面をかっさらっていく。これは、脇を固める【ヨーロッパ企画】の石田剛太、諏訪雅(今西知夫 役)、そして【THE ROB CARLTON】の村角ダイチ(今西善也 役)らも同様である。さすがは古都・京都、住まう人々も、小狡……いや、さすがの腕前を持っているのだ。

京都の人でも訪れる機会が少ないという祇園のさり気ない名所紹介、ファンが長年気になっていたであろうタクシー行燈の“祇(【示】へんに【氏】つくり)”の字にまつわる秘話、伝統的な和菓子の製法ならびに薬効……『祗園太郎 THE MOVIE』では、油断していると見逃してしまいそうな小ネタが、56分という尺いっぱいに鏤められている。
謂わば、“奥ゆかしすぎて伝わらない過剰すぎるサービス精神”……これは、京都人の気質そのものである。

映画『タクシードライバー祗園太郎 THE MOVIE すべての葛野郎に捧ぐ』は、人(出演者)、物(脚本)、器(舞台)すべてに“古都・京都”が満ちみちているのだ。

「元々は、「祇園を舞台にして世界に発信していく映画を作ろう」と始まった企画でして、香港、フランクフルト、ソウル、ロサンゼルス、サンフランシスコと、5ヶ所で上映していただきました。国内では、【祇園天幕映画祭】(2014年)でお披露目した後、京都や香川の映画祭などで上映してましたが、昨年の11月から12月にかけてアップリンク(渋谷区 宇田川町)で公開しまして、春にはシアターセブン(大阪市淀川区)で公開する予定です」
そう言う『祗園太郎 THE MOVIE』プロデューサー岡本建志(月世界旅行社)が見せる満面の笑顔は、各地での好評を口に出さぬも雄弁に物語っていた。

古くて新しい、しかも世界で唯一の“ペープサートご当地ハートフル・コメディ”は、今後も全国を駆け巡る予定だという。
東海地区では、1/20(金)~23(月)の4日間、シアターカフェ(名古屋市 中区 大須)で公開される。
料金は1,500円で、オリジナル【祗園太郎せんべい】と【祗園太郎のほんのきもち茶】が付くのだそう。映画でほっこりしつつ、お茶とお菓子でまったりしてほしい。期間中は舞台挨拶があるかも知れないので、公式サイトのチェックもお忘れなく。
シアターカフェ公式サイト

だがしかし……本当に、大丈夫なのだろうか?
ドタバタどころかまさかのドンパチが始まり、世界の中の日本に想いを巡らしつつ、大いなる人間賛歌にまで昇華する――そんな(本当です!)『タクシードライバー祗園太郎 THE MOVIE すべての葛野郎に捧ぐ』の物語よろしく、あまりに盛り上がっては祇園が“大変なこと”になったりしないのであろうか?
……本当にそうなってしまったとしたら、筆者はいつでも祇園へ“種を蒔きに”行く準備がある――。

『タクシードライバー祗園太郎 THE MOVIE すべての葛野郎に捧ぐ』公式サイト
© yuba motion pictu­res

文:高橋アツシ

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