main_shin-kim-and-choi原題は、『The lovers and the Despot』……“恋人たちと、専制君主”くらいの意味だろうか。

ここで言う専制君主とは、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の前最高指導者・金正日(キム ジョンイル)のことである。邦題の“将軍様”も同様だ。
“dectator”(=独裁者)でなく“despot”という単語が用いられていることは、なかなか興味深い。独裁者は(どんな手順を踏んでその地位に就いたかはともかく)出自が民衆であるのに対し、専制君主は(ある意味、前近代的とも言える)明確な身分制を根拠として地位を保障される。ロス・アダム、ロバート・カンナン両監督の目には、北朝鮮の政治体制がどんな風に映っているのかが仄めかされているようで、実に面白い。
ちなみに、北朝鮮は専制君主制ではなく、飽くまで共和制である……念のため。

では、“恋人たち”とは、一体だれのことなのであろうか。それを紐解く時、金正日という類稀な“専制君主”の、孤独と闇に包まれた謎のパーソナリティが浮かび上がってくるのである。

『将軍様、あなたのために映画を撮ります』解説:
sub1崔銀姫(チェ・ウニ)は大韓民国のトップスター。1953年に新進気鋭の映画監督・申相玉(シン・サンオク)との結婚後も、同監督作品のミューズとして多くの映画ファンを魅了した彼女は、76年の離婚後も韓国の国民的女優の地位を揺るぎないものとしていた。
そんな人生の絶頂にいたはずの崔だが、78年の香港旅行を最後に忽然と姿を消してしまう。
元夫の申監督は、崔の行方を独自に追う。だが、調査の真っ只中、申監督もまた行方不明になってしまうのであった。
北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の関与が濃厚との疑惑があったものの、捜査は一向に進まず、調査は暗礁に乗り上げる形となった。
86年オーストリア、事件は唐突に進展を見せる。ウィーンのアメリカ大使館に亡命した男女は、申相玉監督と崔銀姫その人であったのだ。
亡命した二人は、衝撃の真実を告げる……彼らは、北朝鮮の最高指導者・金正日のために映画を制作する目的で、拉致されたというのだ――。

愛しい人を救わんが為、手を伸ばすどころか火中に身を投じた申監督であるが、話は一筋縄では行かないのだ。韓国では、申監督が金総書記の誘惑に負け、自発的に亡命、祖国を売ったのだと信じる人々が今でも少なくない。
それは取りも直さず、申監督が北朝鮮で撮った映画作品が、3年間で17本にも及ぶ事実があるからである。厭々撮ったにしては、傑作と呼べる作品が多いという評価も、皮肉なことに申監督の印象を悪くしているのだ。
なかなか観る機会のない北朝鮮時代の申監督作品であるが、『プルガサリ』(1985年/95分)が傑作なのは不明な筆者も知っている。日本からも中野昭慶、薩摩剣八郎など多くの特技スタッフ・キャストが参加していることでも知られている『プルガサリ』は、エンターテインメント作品として楽しめるだけに留まらず、時代劇の体裁は取っているものの、政治的なメッセージに溢れた作品である。そもそも、味方であるはずの民衆を最終的に苦しめる怪獣プルガサリ(“不可殺”の意という)は、紛うことなき朝鮮労働党のメタファーに他ならない。
2万本の映画作品を所蔵するという【国家映画文献庫】を平壌に建て、古今東西の名作に精通する金総書記が、そんなアイロニーに気付かぬはずがない(明け透けな当てこすりも、少なからず散見されるのだ)。総書記の映画に対する想いは、国威高揚とは別次元の映画愛だったのかも知れない。

sub5そんな申監督、崔銀姫の知られざる北での生活がどうだったのか、『将軍様、あなたのために映画を撮ります』では膨大なインタビューで浮き彫りにしていく。
元CIA職員や、アメリカ国務省関係者、脱北者、日本人映画評論家、申監督の実子たち、そして、被害当事者である崔銀姫。彼らの生々しい話は、拉致の一例を極めて具体的に表出させ、観る者の背筋のみならず心胆を寒からしめる。更に極めつけ、なんと金正日総書記本人の声を収めたテープが、証拠として登場する。声にコンプレックスを抱いていたという金正日の肉声は、ほとんど残されていない。有名どころで、1992年の人民軍式典での訓示、そして2000年の南北首脳会談での金大中大統領(当時)との会話の一部くらいである。
『将軍様、あなたのために映画を撮ります』では、被害者だけでなく加害者も拉致事件を証言しているのだ。それも、ただの加害者ではない。正真正銘の首謀者なのだ。

貴重な証言と共に、スクリーンには貴重な当時のニュース映像、更に貴重な北朝鮮時代の申監督の映像が映し出される。これが絶妙なので、是非とも御見逃しなきよう。
関係者の証言の背景を飾る申監督作品が、まるで“再現フィルム”のような絶大なるモンタージュ効果をもたらす。誠に人を食った演出と言わざるを得ない。
はからずもそこには、ロス・アダム、ロバート・カンナン両監督の、隠し切れない本音が見え隠れする。不謹慎なれども、やはり、羨ましいのだ……金、人員、全て不自由なく映画が撮れる立場にあった、申監督の境遇は。

総書記から党委員長へと代替わりした北朝鮮……“専制君主”は、孤独や闇も継承しているのかも知れない。
だとすれば、何十年後かの遠くない未来に、私たちの子の世代は『将軍様、あなたのために衛星を飛ばします』なんてタイトルの映画を、観るのかも――。

文 高橋アツシ

『将軍様、あなたのために映画を撮ります』
9月24日より、ユーロスペースほか全国順次公開
©2016 Hellflower Film  Ltd/the British Film Institute