甘酸っぱい春、苦酸っぱい夏『クジラのいた夏』レビュー


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--甘酸っぱい春、苦酸っぱい夏-- 『クジラのいた夏』レビュー

kujirasub3『キトキト!』『旅立ちの島唄 ~十五の春~』『江ノ島プリズム』と、良質な映画を撮り続ける吉田康弘監督の最新作は、『男子高校生の日常』『江ノ島プリズム』では繊細さで『パズル』では狂気で観る者を唸らせた若き演技派・野村周平の初主演作品である。

所謂“ご当地映画”や“アイドル映画”を枠に収まりきらない佳作へと昇華させてきた吉田監督の手腕は、今作『クジラのいた夏』でも如何なく発揮されている。

丁寧で周到なシナリオが、殆ど触れられていないはずの主人公たちの人となりを鮮明に浮かび上がらせる。
チューヤ(野村周平)は、悩む。目指す土地のことすら、碌に調べていないのに。
J(松島庄汰)は、拳を握る。一緒に馬鹿をやる友達の旅立ちに、苛立っている。
ギズモ(浜尾京介)は、諭す。継ぐことになる家業には、身が入っていない癖に。
町田(松岡卓弥)は、唄う。自分も周囲も気を付けていた禁忌を、つい冒しても。

彼ら4人組に花を添える女優陣も観逃せない。主人公たちの“道標”の役割を果たすに留まらず、確りと自身も輝きを放っている。
初恋の同級生(土井玲奈)や元カノ(気谷ゆみか)は、容赦なく心を折ってくる。
本気で夢を追う女の子(大坪あきほ)の覚悟には、気後れを覚えずに居られない。
そして、憧れの先輩(佐津川愛美)は、中途半端な現実も浮ついた気持ちも打ち砕いてくる。kujira_sub2

明暗を巧みに活かしたカメラワークが、登場人物たちの心情に深く切り込む。 若者たちの言いしれぬ不安感が闇に浮かび上がると、駆け抜けた青春時代を慈しむ世代からの大いなるエールがオレンジ色の灯火となって降り注ぐ。

4人組の心象に寄り添う乙三.の演奏が、観る者の感情さえも揺さぶる。90年代の流行歌が主人公たちのささくれ立った心を癒やし、エンディング曲が劇場の座席を後にする観客の背を優しく押す。

自分と向き合った時、若者は友情に気付く。
過去を乗り越えた時、想い出は追い風になる。友情の帆に想い出の風を受け、オンボロ車が疾り出す。

吉田康弘監督が描き出す青春時代は、酸っぱく苦いばかりで甘味なんてほとんど無い。だが、そんな苦酸っぱい季節が、堪らなく愛おしい。『クジラのいた夏』は、観る者に勇気と元気と優しさを与えてくれる、“ロードムービーの在るべき姿”にして“青春映画の決定版”である。

文:高橋アツシ

『クジラのいた夏』
出演:野村周平(『男子高校生の日常』『江ノ島プリズム』)、松島庄汰、浜尾京介、松岡卓弥
監督:吉田康弘(『江ノ島プリズム』)
(C)2014「クジラのいた夏」製作委員会
公式サイト http://www.kujira-movie.com/
5月3日(土)よりシネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開!

【ストーリー】
何も目的や夢もなくただ日々生きている地方都市の青年“チューヤ“(野村周平)が、ふと東京に出ることを決めた。 そして地元を離れる最後の日に高校時代からの親友のJ“ジェイ”(松島庄汰)とギズモ(浜尾京介)そして町田(松岡卓弥)が大送別会を開くことに。 過去の想い出にしがみついて、引越に足踏みしているチューヤに対し、彼らはある提案をする。
そんな時、上京し芸能人として活躍しているはずのかつての憧れの先輩、弓子(佐津川愛美)が現れた事で、チューヤの心は揺らぎだす。
地元に留まるべきか、離れるべきか……大人になりきれない地方の若者たちの物語がはじまる。

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