シネマdeサンバVol.4『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』


『それぞれの角度から』

青春時代には楽しい思い出と共に、必ず残酷な思い出が付随しているものです。だけど、青春時代の残酷な思い出なんて、わざわざ思い出したくないですよね?もう取り返しのつかないことだし、未熟で非力だった自分を思い出したくなんかありません。

多くの青春映画は、若者が困難にぶつかりながらも、最後には成功し、成長して、物語が終わっていきます。困難は成功に変わるので、辛い思い出も、楽しい笑い話として回収されていきます。だけど、岩井俊二監督の青春映画は、そういった王道の青春映画とは、一線を画しています。岩井監督は青春の残酷な部分、思わず目を背けたくなるようなヒリヒリした部分を、容赦無く描き出していくのです。

今回紹介する『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』は、岩井監督が映画製作に本格的に進出するきっかけとなった作品です。『リリィ・シュシュのすべて』、『花とアリス』といった、青春映画の傑作を岩井監督は生み出しましたが、『打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?』には、そういった作品に繋がっていくルーツを垣間見ることができます。

物語の日は、夏休みの登校日。その日は町の花火大会の日でもあり、小学生たちの特別な一日が映し出されます。この作品の中には、少年の男同士の友情が優先される話しと、少年が男友達から離れ、恋愛に足を踏み入れていく二つの物語が存在します。

二つの物語の中で、青春のリアリティーが追求されていくと、そこには凄まじいスピードで動く特殊な時空間があることに気付きます。一瞬の判断、一つの行動で、その特別な時空間は、輝かしいものにもなり、永遠に取り返しのつかないものにもなってしまうのです。青年たちは、まだ成熟していない判断力、行動力で、目の前に巻き起こる事態に対処していくことを強いられます。典道は親友とのクロール勝負で負けたとき、ヒロインのなずなを永遠に失います。親友からも、大人からも、典道はなずなを奪われてしまうのです。しかし勝ったときに、二つ目の物語が始まり、典道は男友達から離れ、なずなを一瞬だけ手に入れることに成功します。

この作品は青春の光と影をコントラストにしながら、消えていく儚い時間をしっかりと映し出しています。夜のプールに忍び込み、典道となずなが水に浮かんでいるシーンに是非、注目してみてください。暗い夜のプールの水面の光は、典道となずなの複雑な想いをあぶり出します。映像の美しさの中に、少年少女の特別な時間が昇華されていく瞬間、そのあまりの美しさに、私は息を呑みました。

青春の光と影は表裏一体です。打ち上がる花火が美しいのは、夜空と花火のコントラストがあるからなのです。打ち上げ花火がどの角度から観ても美しいように、この作品も様々な角度から、消えていく儚い青春を味わうことができます。自分に合った角度から、映画の登場人物たちの、自分自身の青春にアプローチしてみてください。そして、映画を見終わったら、こっそりと自分の残酷な青春の思い出を取り出してみてください。闇の中に埋もれていた、青春の新たな輝きが見つかるかもしれません。

シネマdeサンバ! ~映画の情熱届けます~ ライター 松尾 哲

『打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?』
監督・脚本:岩井俊二 キャスト:山崎裕太、奥菜恵、反田孝幸、小橋賢児

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