折れた翼は、夜に翔ぶ -『風切羽~かざきりば~』レビュー


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『風切羽~かざきりば~』(小澤雅人監督)には、仰天するような展開は用意されていない。
作品は、場面場面を淡々と、しかし丁寧に描き続ける。kazakiri002

サヤコ(秋月三佳)は、笑わずに毎日を過ごす。バイト先を無断で抜け出し、犯罪に手を染め、切り抜け方も刹那的としか言い様がない。ナレーションは無く、BGMも控え目である。登場人物たちへの感情移入が難しいとの意見もあろうが、却って主人公が心に抱く闇を痛感させる効果を上げている。サヤコは、施設で暮らしている。集団生活に馴染めずにいるのは、彼女と最近入居措置が執られたと思しき幼い少女だけだ。

時折、主人公の過去が挿入される。直接表現は少ないものの、仄めかされる事象は残酷で、物語に説得力を齎らす。サヤコは、虐待を受けて育ったようだ。劇中では語られない他の少女たちの境遇までも想像せざるを得ず、作品を覆う闇は否応なく濃くなる。

主人公が不思議な少年と出会うのは、彼女は過去だけではなく現在も踏み躙られ続けている事を嫌と言うほど見せ付けられた後である。サヤコとケンタ(戸塚純貴)が辿り着こうとするのは、希望なのか、絶望なのか。夜の終わり、ふたりは何を叫ぶのか。

kazakiri003主演ふたりの若き才能に、先ずは驚嘆させられる。
映画を観ていて極く稀に「見付けた!!」と思うことがあるが、『風切羽』はそれを二度感じた。
秋月三佳、戸塚純貴…今後間違いなく映画界を席巻する俳優の名を、しっかりと記憶した。そして何より、素晴らしい演技を引き出した映画監督、小澤雅人の名前を。

さて、この『風切羽』元々は小澤監督が個人的に出せる予算の範囲内での企画だったと言う。プロデューサーの眼に止まり予算面・時間面は余裕が出来たものの、初号試写の段階では48分だったとか。公開を考えて追加撮影を敢行し現在の88分の尺になったそうだが、これはもう大正解だったと思うより他ない。公式HPの“プロダクションノート”にその辺りのエピソードが紹介されているので、既に『風切羽』を観た映画ファンは鑑賞後のお楽しみとして一読をお薦めする。どの場面が追撮なのかなど割りと具体的に書かれているので、記者と同じ気持ちになってくれるに違いない。

鳥が逃げないように人間のエゴで切り取られる風切羽。
飼い主にとって無い方がいいのだ、風を切って翔ぶ翼--鳥としてのアイデンティティは。
小澤監督は、“風切羽”を切られて育った人々の、現実に、現在に寄り添う。声なき声に寄り添うのが自主映画の使命の一つであるならば、『風切羽』は誠実に使命を全うした稀有な作品と言えよう。第14回 全州国際映画祭インターナショナルコンペティション部門 作品賞受賞は、伊達ではない。声なき声は心ならずも『風切羽』に寄り添い、その声を意識せず毎日を過ごす者たちの心を掴んで放さない。微視的な自主制作作品として生まれた『風切羽』の広げた翼が創り出す巨大な影は、愛を知らずに育った者の魂を癒し、愛を知り育った者の心を掻き毟る。

ちなみに、“かざきりば”をアナグラムにしてみたところ、“飾り牙(かざりきば)”もしくは“気張り坂(きばりざか)”、“馬力坂(ばりきざか)”の言葉が出来た。偶然にしては余りにもサヤコやケンタの生き様とリンクする単語なので、小澤監督にお会いする機会があったら意図の有無を是非とも尋ねてみたいと思う。

文・高橋アツシ

『風切羽~かざきりば~』
キャスト:秋月三佳、戸塚純貴、川上麻衣子、重松収、寺田有希、石田信之、五大路子
脚本・監督:小澤雅人
製作著作:「風切羽」製作委員会 / 制作:サンブリリアント /制作協力・配給:アルケミーブラザース
© 2013「風切羽」製作委員会
公式サイト http://www.kazakiriba.com  予告編:http://youtu.be/WhH1NN3_kAo
2013年6月22日(土)より池袋シネマ・ロサ、 全国のコロナシネマワールドにて公開決定!

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