出会ったことを愛おしく映し出す走馬灯『ちょっと思い出しただけ』レビュー


怪我でダンサーの道を諦めた照生(池松壮亮)は小さな劇場で照明を担当している。浴びていたスポットライトを照らす側になるも、それなりにやりがいを感じている。

タクシードライバーの葉(伊藤沙莉)は、変わりゆく東京という街で昼夜問わず客を乗せては、それぞれの人生を垣間見る日々を送っていた。無関係な2人のように見えるが、本作はこの2人の出会いから別れまでをさかのぼって描いている、終わりからはじまる物語。

出会いから別れまでを追って描いた『花束みたいな恋をした』のまさに逆バージョン。だけど違う。あれは菅田将暉と有村架純で、なんかいかにも映画っぽいし。もちろんこれも映画なんだけど、もっと身近に感じる不思議な空気感。

怪我をしてから気持ちの整理がつくまで連絡を断っていた照生と、ひたすら待つだけに耐えかねた葉との気持ちのすれ違い。どっちが悪いとか、人のせいにしたほうが楽なんだろうけれど、それは自分自身から逃げている証拠だと突きつけられるように、必然的な別れはいずれ訪れるもの。

2人で過ごしたささやかな誕生日。毎朝のルーティン。ふとした瞬間によみがえる思い出を少しずつひっくり返して映し出すことで、生きてきたかけがえのない時間なんだと、観る者の過去に優しく寄り添ってくれる。

誰かを愛し、愛された記憶。永遠を信じたくなるような、クチに出すことなんてもう二度とない甘いセリフすらも、どうやら人は忘れていくようだ。きっと忘れたんじゃなくて、クローゼットにそっとしまって、どんどん奥の方に押しやっていく感覚。

本作は「第34回東京国際映画祭」コンペティション部門にて観客賞を受賞。知名度と実力を確実に上げつづけ、今もっとも勢いのある松居大悟監督がメガホンを握っており、ともに安定感のある演技で魅了する池松壮亮と伊藤沙莉をW主演に迎えている。

誰かの人生の時間をさかのぼり、ちょっと重ねて観るだけで、別れがこんなにも温かいものなのかと。もう戻れない日々を、出会ったことを愛おしく映し出す走馬灯。すべては今に繋がっていると噛みしめて。

文 南野こずえ

『ちょっと思い出しただけ』
©2022『ちょっと思い出しただけ』製作委員会
2022年2月11日(金・祝)より全国公開

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