男女7人スマ放談?『おとなの事情』レビュー
愛と芸術の国イタリアより、とびきり可笑しくて、ちょっぴり泣ける、粋でウィットに富んだ、何とも贅沢なワン・シチュエーション・コメディ映画が届いた。
CM業界で名を馳せた遅咲きの鬼才パオロ・ジェノヴェーゼ監督の『おとなの事情』(2016年/96分)である。
イタリアのアカデミー賞と言われる【ダヴィッド・ディ・ドナテッロ賞】で作品賞・脚本賞をW受賞した『おとなの事情』は、イタリアで28週間ロングランという驚異的なヒットを記録した。
『おとなの事情』ストーリー:
幼馴染とそのパートナーを加えた7人が、ホームパーティに集まる。その日は、イタリアで皆既月蝕が観測できる滅多にない夜なのだ。
色男コジモ(エドアルド・レオ)は仕事が長続きせず、タクシーの営業権も売り渡そうとしている。若い獣医ビアンカ(アルバ・ロルヴァケル)は、パートナーの浮気に悩まされている。
心理カウンセラーのエヴァ(カシア・スムトゥニアク)は、年頃の娘の素行に目くじらを立ててばかりいる。外科医ロッコ(マルコ・ジャリーニ)は、反目する妻も娘も支配したがっている。
法律家レレ(ヴァレリオ・マスタンドレア)は、妻とのコミュニケーションに問題を抱える。夫婦に倦怠期を感じているカルロッタ(アンナ・フォッリエッタ)は、他人に言えない変わった性癖を持つ。
肥満を気にしている教師ペッペ(ジュゼッペ・バティストン)は、申し合わせを破りパートナーを伴わずパーティに参加する。
全員が揃ったテーブルで、【信頼度確認ゲーム】が行われることになった。それは、自分のスマホに掛かってきた電話、届いたメールの内容をその場で披露するという、隠し事のない者にとっては怖くも何ともないゲームだ――。
会話劇の軽妙さにイタリアを代表するキャスト陣がものの見事にハマり、男女7人が繰り広げる痴話ゲンカは抱腹絶倒を誘う。また、思いもよらぬ“カミングアウト”を強いられた幼馴染を、パートナーを気遣う優しさが繊細な演技により表現され、落涙を誘われる場面も用意されている。舞台はほぼパーティ会場であるマンションの一室だけのシチュエーション劇でありながら、実に豊かなドラマが展開される。下世話な恋愛劇で大いに笑おうと考えていた観客は、思わぬ哲学的な思索の提示に面食らうことになるだろう。
そもそも、登場する7人は魅力的な個性にばかり目を奪われそうになるが、何とも象徴的な役割を担わされている。支配欲の強いロッコは、傲慢……癇癪持ちのエヴァは、憤怒……職を転々とするコジモは、怠惰……夫の浮気に悩むビアンカは、嫉妬……独善的に物事を進めるレレは、強欲……セックスレスの夫に不満なカルロッタは、色欲……肥満を気にするペッペは、貪食……“七つの大罪”に、ぴたりと符合するのだ。
しかも、【信頼度確認ゲーム】を始めようと言いだしたのは、エヴァである。エヴァ(EVA=イヴ)といえば、誘惑に負け知恵の実を食み、人間の失楽の切っ掛けとなった者である。その上、通俗的なグリモワールによれば、エヴァの象徴“憤怒”のシンボルは、堕落の根源である蛇なのだとか。
そんな一筋縄では行かない舞台設定は、タイトル通り“おとなの事情”を思い起こさせるが、飽くまでもコメディで纏め上げた パオロ・ジェノヴェーゼ監督の見事な手腕に目を見張る。
何よりの嚆矢は、スマートフォンをキーアイテムに据えたことだ。誰もが持ち、誰もが恩恵を享受し、誰もが秘密を忍ばせているスマホがもたらす悲喜交々だからこそ、キャラクタの心情に苦もなく寄り添える……否、身につまされてしまうのだ。
機種、色、カバー、着信音など、持っているスマホによって人となりが透けて見えてくるのも、実に小粋な演出である。ロッコが娘のスマホを借りるシーンは、その後の展開を暗示する序盤の山場なので、是非とも注目していただきたい。
そしてそして、観る者を唖然とさせる、強烈なラストが待っている。ポカンと口を開ける観客を嘲笑うかのように、銀幕には皆既月蝕の後の満月が浮かぶ。様々な解釈が可能な、まるで人を食ったかのような終劇なので、是非とも想像を遊ばせてほしい。
ちなみに筆者は、あのラストを“月の悪戯”と解釈した。月の女神ディアーナは魔女信仰の対象にもなった祟り神であるし、月の光が本当に人に狂気(LUNACY)をもたらすとしたら、触が明けた満月が放つ光は狂乱もマックスのはずだ。
さて、あなたの目には、どんなラストに映るだろう――。
人を食ったようなラストに、もう一度鑑賞したくなるなんて人も大勢いるだろうが、ご安心あれ。リピート鑑賞を見越してか、リピーターも楽しめるような演出が抜け目なく盛り込まれているのだ。序盤の台詞、こんなにも印象が変わるなんて……。パオロ・ジェノヴェーゼ監督もまた、人を食ったような監督である。
人を食ったような監督、人を食ったようなラスト、人を食ったような物語――『おとなの事情』は、人を食った映画(マン・イーター・ムービー)なのだ。
文:高橋アツシ
映画『おとなの事情』
3/18(土) 新宿シネマカリテ ほか 全国順次公開
配給:アンプラグド
©Medusa Film 2015
http://otonano-jijyou.com/