月の光が、射し反す――『月光』鑑賞記
2016年8月20日(土)、シネマスコーレ(名古屋市 中村区)は、人、人、人で溢れていた。
この日は『月光』が初日を迎え、小澤雅人監督と主演の佐藤乃莉さんが舞台挨拶に立ったのだ。
小澤雅人監督 凄くたくさんのお客様に来ていただき、本当に嬉しく思っています。
佐藤乃莉 今日名古屋に来れて、皆さんにお会いできて、凄く嬉しいです。来てくださって、本当にありがとうございます。
『月光』上映前、登壇したお二人が満員の客席に向かって笑顔で頭を下げると、大きな拍手が監督と主演女優に降り注がれた。
小澤監督 撮影から一年くらい経ちましたけど、どうでしたか?
佐藤 ちょうど8月でしたよね。あの時は凄く暑くて、今でもあの時の気持ちを思い出すと、嬉しかったり、涙が出たりします(笑)。短期間の撮影でしたが、本当に全身全霊、その間は“佐藤乃莉”ではなく“カオリ”として時間を費やしたので、それが少しでも皆さんに伝わったら良いなと思います。撮影中は都内に帰ることがなかったので、1日だけ「コンビニ行けるよ!」って5分なんですけど自分にやっと戻れた、みたいな……「あ、「ヨーグルト食べたい」って、今“私”が思った!」って言うくらい、没頭して演らせていただきました。本当は皆さんと観終わった後にお会いしたかったんです。で、面白い話をして、ちょっと気持ちをリリースしてもらいたかったんですけど……。きっと、毒にも薬にもならないような映画ではない……絶対何か心の中に入ってくる感情があると思うので、それを大事に、終わった後シェアしていただけたらなと思います。監督は、上映後もいるので……監督、何か面白いことを言ってくださいね(笑)!
苦笑いの小澤監督を残し、残念ながら佐藤さんは次の仕事……東海テレビ『ザ・ラストヒーロー ~ヘラクレスの掟~』(毎週木曜24:30~)の収録に向かわれた。
今回は多忙な時間を割いていただきお話を伺うことが出来たので、お二人の発言を紹介する。
Q.『月光』は、過酷な現場だったんですか?
小澤監督 そうですね……この時季が、夏が来ると思い出すようになるんじゃないかと(笑)。
Q.撮影中、小澤監督の演出はどうでした?
佐藤 撮影前から台本を一緒に読んでくれて、一言一言「これ、どう思う?」って話し合いを設けてくれて……本当に、私の自由にさせていただいた気がします。
Q.対話を大事にしてくれた、と?
佐藤 対話どころか、後から聞いたら喧嘩だったみたいですよ(笑)?
小澤監督 喧嘩でした(笑)。現場では時間もなくて確り演出も出来ないと思ったので、前以てリハーサルを沢山して“カオリ”という人物を作り上げようとしたんです。そんな訳で彼女は完全に役に入り込んでたんで、その時は分からなかったんですけど「なんでこんなにプンプンしてるんだ?」って(笑)。
Q.監督、それ自分の演出プランじゃないですか(笑)?
小澤監督 確かに、そうかも。自分でハマッてるという(笑)……
佐藤 (大笑)。「あの時、こうだったよね」って話をされても本当に憶えてないくらい、役に入っていたんですね。変な話、私はここに居るカオリを俯瞰で見てる雰囲気なんですよね、演ってる間は。物事を進める部分は私なんですけど、感じる部分はやっぱりカオリなんです。言われたことを私が聞いて、カオリに伝える、みたいな。
『月光』ストーリー:
過去にひき起こした事件によりピアニストの道を断たれたカオリ(佐藤乃莉)は、ピアノ教室で生計を立てている。児童養護施設を営む母(美保純)との関係はぎこちなく、現在の境遇の原因となった音大教授(高田裕也)の息子を教え子に抱えており、満たされた生活とは程遠い。
カオリの教え子の一人・ユウ(石橋宇輪/いしばし うわ)は、髪の長い11才の女の子。写真館を営む父トシオ(古山憲太郎)と心に病を抱える母(遠山景織子)から理不尽な虐待を受けており、母が家を出てからは学校も休みがちになる。
ピアノの発表会の日、ユウはピアノを弾くことが出来ず、カオリはトシオから性的暴行を受ける。この日を境にカオリとユウの日常は一変し、二人の運命は大きく交差することとなる。ユウもまた、父から性的暴力を受けていたのだ――。
上映が終わり小澤監督が再びスクリーン前に立つと、上映前よりも更に大きく長い万雷の拍手が沸き起こった。
――この作品を作られた経緯を教えてください。
小澤監督 前作の『風切羽 ~かざきりば~』(2013年/88分)が、子どもの虐待の話だったんです。児童養護施設を訪問させていただいたら、性虐待されてる女の子がかなりの数いたんです。それまで性虐待という単語は知っていても当事者に会うことはなかったんですが、相当な人数の方がいて……どの施設にもいらっしゃったんですよね。ショックを受けて、そこから問題意識を持ったんです。そんなこともあり、『月光』は性虐待と性暴力が結びついた物語にしてみました。
――佐藤乃莉さんを主演にされた理由は、何だったんですか?
小澤監督 オーディションなんです。結構な数の方に来ていただいたんですが、その中でも一番、役や性暴力の問題への理解がありましたし、僕と喋っていても共通意識を感じられたんです。叫ぶシーンとか色んな感情を爆発させるシーンがあるので、そういうものをオーディションで演ってもらったんですが、彼女が一番僕の想像してた“カオリ”でした。唯一佐藤乃莉さんだけ、オーディションで演らなかった他のシーンも、彼女がカオリを演じるのが想像できたんです。彼女なら、この大変な役を演じきることが出来ると思ったんですよね。
前述のインタビューの中でも、お二人はオーディションのことを述懐していた。
小澤監督 オーディションって、最初は書類審査じゃないですか。書類の時は、「これは無いな」って思ってました(笑)。正直、(佐藤さんは)濃いじゃないですか(笑)!
佐藤 事前にもらった“こんなイメージの人”って紙に書かれていたのが、全く私と真逆だったので「これ、書類通んないんじゃない?」って(笑)!……多分、ごり押しされたんじゃないですか?
小澤監督 いやいや、そんなことは無いですよ(笑)!でも、写真もポーズを決めて……「私を見て!」って感じで……
佐藤 それは、そういうものですからね(笑)。
Q.だって、宣材ですもんね(笑)
小澤監督 佐藤さんはハリウッドに行ってたじゃないですか(『ミッドナイト・ミート・トレイン』監督:北村龍平/2008年/100分)。それがプロフィールに書いてあって、それを読んで写真のポーズを見ると……あんまり日本人っぽくないな、と(笑)。あんまり日本人にはない自己主張の仕方だったので。でも、会ってみるとお芝居と理解力が素晴らしくて……感情を爆発させるお芝居を演ってもらったんです。
佐藤 数ページ……3枚くらいだったんですけど、“感情の大・中・小”みたいなメニューでした。
小澤監督 短い時間だったんですが、「この役をやりたい!」って気迫が伝わってきたんですよね。最近聞いたんだけど、オーディションの前後の記憶が無い……とか?
佐藤 その1週間くらい前から彼女の気持ちになってないといけないなと思って、凄くディープな心理状態だったので……オーディション会場への道は凄く分かりやすかったんですけど、彼女でいることに徹していたら道に迷ってしまって(笑)。終わった後、何と清々しかったことか(大笑)!会場には知り合いの方も結構いて、オーディションに入る前は皆“ドーン”って感じだったのが、終わると一人ずつ「はぁ、終わった♪」みたいな(笑)。
Q.一番難しかったシーンは?
佐藤 やっぱり、滝のシーンです。最初にホンを読んだ時の私の感情は「意味が分からない」でした。監督の考えも、私の考えも、観た方の考えも違うと思うんですけど、だからこそ面白いシーンだと思います。
Q.監督は、「ここを観てほしい」と思うシーンはありますか?
小澤監督 よく言われるんですが、観るのが辛い映画です。でも、最後まで観たら、辛かった感情がリリースされる瞬間があると思います。一箇所のシーンっていうのは別に無いんですけど……彼女の出来事を追体験して、辛いと思いますが最後まで観てもらって、終わった後にどう感じるか……何かしら違う感情が湧き上がると思うので、それを感じてほしいと思います。
“闇に葬られる”ため総数を測り知れない性被害。想像力が欠如している私たちは、被害者の気持ちに寄り添うことが本当に難しい。『月光』は、その一助となり得る。
“滝のシーン”での通過儀礼があったからこそ、カオリは一歩を踏み出せたのだろうし、ユウの歩調にアンダンティーノの【ユーモレスク】を聴いたのだ。
映画『月光』は、シネマスコーレで絶賛公開中、シネマ ジャック&ベティ(横浜市 中区)では10月1日から、その他、全国の劇場で公開が決まっている。
カオリを乗せた車の目的地は知る由もないが、行く先に待っているものは分かる。
それは、未来だ――。
取材 高橋アツシ