瞳の奥に秘めた想い『シークレット・アイズ』レビュー


メイン軽画像ガラス窓を通して夜の帳が漆黒に染めぬいたアパートの一室、三つの光点だけが目に飛び込んでくる。ひときわ大きな光の源がPCの液晶モニターだと判明する頃、残りの青い光は画面を反射した眼鏡であることにも気付く。程なくして、ようやく部屋の主がおぼろげながら見えてくる。黒い短髪に褐色の肌、髭をたくわえた中年男性は、存在そのものが宵闇の支配する部屋に同化してしまっているかのようだ。州警や市の広報、マスメディアが発表する、指名手配犯、受刑者、不審者リストを隈なく調査し出してから費した月日は如何ばかりであったろう。そして、凝視した画像は何万枚を数えるのだろう。
マウスを繰る指が止まり、瞬きも惜しいとばかりに見開かれた両の眼が一人の犯罪者の顔写真を凝視した。パソコンの画面と手元にあるかつての捜査資料から引き伸ばしたモノクロ写真とを丹念に見比べると、彼は鼻先で両の掌を合わせ嘆息した。遂に、見付けたのだ。“BECKWITH CLAY”……名は違うが、確かに奴だ。
元FBI捜査官レイ・カステンは、心を決めた。13年前自らの運命を、人生を狂わされた忌まわしき風の街――ロサンゼルスに戻ることに。

LA郡地区検察局5階、ブラインド越しに街を見下ろすブロンドの女性は、溜め息を一つ吐くとデスクに戻り、山と積まれた書類の処理に精を出す。“部屋持ち”の検事に昇進し、幸せな結婚生活にも恵まれ、公私ともに順風満帆……そう、傍目には。
彼女は、未だに2002年の出来事を引きずっている。新設されたテロ対策合同捜査班に加わった彼女は、一人の暴行殺人犯を起訴することが出来なかったのだ。テロルの再発防止を至上命題に掲げる上層部の決定に、駆け出しの検事補が抗うことは不可能であった。
でも、もしあの時……クレア・スローン検事は、考える。圧力に屈することがなかったら、パートナーとして隣に立つ者は彼だったのではないか。クレアの溜め息が、また一つロスの風に解ける。

無骨に着こなした濃紺のオフィサー・ジャケットから、無造作に後ろで束ねられたブラウンの髪が覗く。屈強な捜査官を従え街の治安を守る彼女は、検察局の捜査主任である。
彼女の時計は、あの日からずっと止まったままだ。強姦した少女を虫けらのように殺した卑劣な異常犯罪者を逮捕できなかった自分を、許すことが出来ずにいる。犯人のマージンはロサンゼルスのモスクに出入りしている同時多発テロの情報提供者で、検察局にとっては“不可触案件”だったのだ。
ジェス・コブは、今日も家畜に餌を与える。だが、掛け替えのない命――たった一人の愛娘・キャロリンを奪われたジェスの胸に開いた大きな風穴は、そんなことで埋められはしない。

脚本家として『薔薇の素顔』(監督:リチャード・ラッシュ/1994年/121分)『ジャスティス』(監督:グレゴリー・ホブリット/2001年/125分)など数々の名作を世に出す“稀代のストーリー・テラー”ビリー・レイの監督第3作は、その異名に相応しく骨太なヒューマン・ドラマであり重厚なサスペンス・スリラーに仕上がった。6月10日(金)より全国ロードショーとなる、『シークレット・アイズ』である。

サブ2軽画像_2濃密なドラマとなるのも納得で、ニコール・キッドマンとジュリア・ロバーツという共にオスカーを戴いたハリウッドの2大名花が、真正面から演技バトルを繰りひろげているのだ。
ニコール・キッドマン演じるクレア・スローンは、ハーバード卒のエリート検事である。だが、そんな経歴にも拘らず飾らない性格で、登場人物たちを魅了して止まない。そして、検事としてのキャリアを積んでからは特に、妥協しない強さを見せつける。
ジュリア・ロバーツ演じるジェス・コブ捜査主任は、捜査官という“正義”と、母親という“情念”と、対極にあるペルソナが同居する難役中の難役である。役作りで老け顔となった彼女の迫力は必見で、作品の説得力はジュリアが握っていると断言しても良い。

SITE_020315_276.CR2そして、2人のヒロインを向こうに回し、キウェテル・イジョフォー演じるレイ・カステンが圧倒的な存在感を放ってみせる。
数多の作品で名バイプレイヤーに挙げられるキウェテル・イジョフォーのことを最初に気になったのは『アメリカン・ギャングスター』(2007年/157分)だった。近作では、『オデッセイ』(2015年/142分)のNASA地上統括責任者役も記憶に新しい。考えてみれば、両作品とも名匠リドリー・スコット監督作品である。そして、『それでも夜は明ける』(監督:スティーヴ・マックイーン/2013年/134分)では主役を張り、同作品のアカデミー作品賞に大きく貢献した。
キウェテルは『シークレット・アイズ』でも堂々と主人公・レイを演じきり、ニコール・キッドマン&ジュリア・ロバーツという2大看板に負けず劣らぬ熱演を見せる。驚くなかれ、ニコール&ジュリアに対し、キウェテルは10歳も年少なのだ。

3人の他にも主要人物は、2002年と2015年という13年も隔てた2つの時間軸を演じ分ける。ジェスの同僚であるシーファート役のマイケル・ケリー、同じくバンピー役のディーン・ノリス、そしてマージン役のジョー・コールにも、是非とも注目してほしい。
本編では描かれることのない“失われた13年間”を、登場人物たちは特殊メイクによる見た目だけでなく、身に纏う佇まい、空気感で絶妙に表現してみせる。キャラクターによって、変わっていない者、激変する者と様々なので、この辺りは自ら脚本も書くビリー・レイ監督の匙加減に唸らされる。

SITE_021015_042.CR2そもそも『シークレット・アイズ』の原案となった『瞳の奥の秘密』(監督:フアン・ホセ・カンパネラ/2009年/129分)は米アカデミーで外国語映画賞を獲得した傑作で、レイ監督もシナリオの再構築には相当頭を悩ませたようだ。決め手となったのは“9.11”を物語の背景に据えたことで、これによりミステリー色の強かった『瞳の奥の秘密』が、『シークレット・アイズ』では人間ドラマの要素が強化された違ったテイストの作品として生まれ変わった。そう、『シークレット・アイズ』は、推理劇というよりも、ハード・ボイルドの色合いの強い、社会派の群像活劇なのだ。
この試みが成功しているのかどうかは、御自身の瞳で確かめていただきたいのだが、説得力のある事実を一つ。『瞳の奥の秘密』の監督であるフアン・ホセ・カンパネラが、『シークレット・アイズ』では制作総指揮として名を連ねている辺り、当作品が如何に愛されているのかを知ることが出来よう。

映画『シークレット・アイズ』、キウェテル・イジョフォー、ニコール・キッドマン、ジュリア・ロバーツのみならず、演技派の名優たちが火花を散らす、111分のヒューマン・ドラマ・サスペンス。
梅雨時の空模様にぴったりな、観る者の心に深く沁みわたるような濃密な鑑賞体験を、是非とも劇場で。

文 高橋アツシ

『シークレット・アイズ』
6/10(金)TOHOシネマズシャンテ 他全国ロードショー
[愛知]6/11(土)名演小劇場
配給:キノフィルムズ
http://www.secret-eyes.jp/
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