男よ、絶望のノックダウンから立ち上がれ!『サウスポー』レビュー
その日マディソン・スクエア・ガーデンは大歓声に包まれていた。
ボクシング世界ライトヘビー級王者、ビリー・’ザ・グレート’・ホープ(ジェイク・ギレンホール)が4度目の防衛戦に勝利を収めたのだ。
ビリーは誰もが認める無敵のボクサーだが、そのファイトスタイルは怒りを武器にした超攻撃型で、ディフェンスの概念はまるでない。
辛くも勝利したものの、打たれすぎて激しく流血する夫を妻モーリーン(レイチェル・マクアダムス)は、不安げに見つめていた。
ニューヨーク、ヘルズ・キッチンの養護施設で育った夫妻は長年苦労を共にした末、ビリーは世界チャンピオンの栄光を掴んだ。
ビリーの無茶な戦い方に不安を抱くモーリーンは、一人娘レイラ(ウーナ・ローレンス)と家族3人の幸せを守るため、夫に忠告するーー「このまま続けたら、2年で廃人よ」だが、妻の言葉にビリーは耳を貸さない。
同じ階級で台頭してきたボクサー、ミゲル(ミゲル・ゴメス)の挑発に苛立つビリーは、マネージャーのジョーダン(カーティス・’50セント’・ジャクソン)にミゲルとの試合を直訴するも、もっとカネになる試合の契約を結ぶよう提案されてしまう。
ある日、妻になだめすかされ養護施設のチャリティーパーティーに渋々出席したビリーはまたもミゲルに出くわしてしまう。
ミゲルの執拗な挑発にキレたビリーが乱闘騒ぎを起こしてしまうのだが、それは愛するモーリーンを失う悲劇へと発展するのだった…。
絶望したボクサーの復活劇!と言うと何となく想像出来てしまう気がするが、予想をはるかに超え、グッとハートを掴まれる作品だ。
ボクサーとして輝かしい才能と実績をもちながら、短気で気性が荒いビリー。
そんな夫を美しく賢明な妻モーリーンが深い愛情で包み込み、ビリーが至らないところを全て取り仕切ってきた。その愛妻の死という悲運に見舞われた時、ビリーの全ては脆くも崩れ去ってしまう。
妻が取り計らってきたあらゆる事どもーー弁護士費用や豪邸のローン、税金ーーは滞納が始まり、カネのため、マネージャーのジョーダンにそそのかされ、ビリーは無茶な試合契約を結んでしまう。
そして更なる転落、潮が引くようにカネも人もビリーから離れていくーー。自暴自棄になり飲酒や暴力行為を繰り返すビリーは、娘の保護義務を怠ったとして、裁判所命令で愛娘レイラと引き離されてしまう。
娘を取り戻すため、ボクサーとしての再起を誓ったビリーは、あるアマチュアボクシングジムに向かった。
そこは過去に唯一、ビリーを苦しめたボクサーを育てたトレーナー、ティック(フォレスト・ウィテカー)が経営するジムだった。
ティックに指導を頼み込み、ジムの掃除の仕事をもらい、トレーニングすることを許されたビリー。
「お前は何をした?何があった?」「だからお前はここにいる。それが答えだ」ティックの厳しい言葉に、ビリーは初めて自分と向き合い始める。
未熟だった男が、娘のためにプライドを捨て、変わろうと必死にもがく。
そうだ、大切なのは華やかな時じゃない、苦しい時に何を選び、どう行動するかだ。
どん底から這い上がろうと苦闘するビリーに、いつしか熱い声援を送っていることに気付くだろう。
ビリーを演じたのは、『ナイトクローラー』のパパラッチ役で観衆を唸らせたジェイク・ギレンホール。
6ヶ月間トレーニングを行い、見事な肉体と技術を会得し、最強のボクサーながら不器用で未熟な男の魂の成長を演じ切った。
ビリーを支える美しき妻、モーリーンに『スポットライト 世紀のスクープ』のレイチェル・マクアダムス。時に厳しく、時に優しく献身的に夫を支える聡明な女性を魅力的に演じた。
ビリーを厳しく指導し、友人としても心を通わすトレーナー、ティックに『ラスト・キング・オブ・スコットランド』のフォレスト・ウィテカー。無愛想で辛辣だが愛のあるティックは、あらゆる面でビリーを救済する重要な役どころだ。
さらに、ビリーの愛娘レイラ役のウーナ・ローレンスが素晴らしい。母譲りのしっかり者で、ダメな父親を包む大人びた面と、子供らしい不安を見せる面、揺れ動く少女の想いを愛らしく演じた。
ビリーを利用する狡猾なマネージャー役にラッパーの50セント、短い時間だが人気歌手のリタ・オラも登場するなど脇も豪華だ。
またエミネムがサウンド・トラックのエグゼクティブ・プロデューサーを務め、書き下ろし主題歌がとてつもなくカッコいい。
ボクシング映画ではあるが、これは再生と家族愛の物語だ。
熱い涙が沸き上がり、ビリーの闘いに痺れずにはいられないだろう。強く望んだ時、人はきっと変わることが出来る、そんな勇気をくれる必見の作品だ。
文:小林サク
『サウスポー』
キャスト:『ナイトクローラー』ジェイク・ギレンホール、『きみに読む物語』レイチェル・マクアダムス、『大統領の執事の涙』フォレスト・ウィテカー、監督:『イコライザー』 アントワーン・フークア
2016年6月3日(金)TOHOシネマズ六本木ほか全国公開
配給:ポニーキャニオン
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