復たび興ちあがる人々『サンマとカタール〜女川つながる人々』レビュー


main_1200x800_300dpi
日本では、古来より地震は避けがたい災害である。
允恭地震(416年?)、白鳳地震(684年)、貞観地震(869年)、仁和地震(887年)、永長地震(1099年)、鎌倉大地震(1293年)、正平地震(1361年)、明応地震(1498年)、天正地震(1586年)、慶長地震(1605年)、元禄地震(1703年)、宝永地震(1707年)、八重山地震(1771年)、安政東海・南海地震(1854年)、濃尾地震(1891年)、明治三陸地震(1896年)、関東大震災(1923年)……
記録に残っている地震を列挙するだけでも、本稿を覆い尽くすのが想像に難くない。我が国の歴史は、被災・復興の繰り返しと表現しても、過言ではないだろう。
しかし、地震大国に住む私たちであってすら、2011年3月11日のことは特別な衝撃を以て記憶した。東日本大震災が私たちに与えた影響は、量、質、そして種類、どれを取っても筆舌に尽くしがたい。

日本の映画人はある時期、異口同音に言ったものだ――「あんな光景を見てしまうと、思わずにはいられない……映画なんか撮ってて良いのか、と」。被害の概容が明らかになる(現在進行形の被害も少なくないが)と、社会は日本全土を巻き込んだ自粛ムードに突入した。
計画停電の夏が過ぎ、政府や電力会社が喧伝する電力不足を皆が疑い始めた頃、ようやく震災をテーマにした映画作品が世に出始めた。ある映画監督は「明るくなってしまう前に、今の“暗さ”を撮っておきたかった」と言い、あるプロデューサーは「皆が目にしたくないものだからこそ、撮らなければならないと思った」と語った。これらの作品は、ほぼ全てが出資者不足に悩まされると言う、実に嘆かわしい問題点を浮き彫りにした。
そして、世の中が“タブー”に慣れてしまうと、皮肉なことに“震災絡みの作品”が溢れた。あるメジャー作品は震災を思わせる設定が話題となり、ある時代劇は震災を思わせる台詞を忍ばせていた。
“3.11”から5年、震災をテーマとした映画は、珍しくなくなった。“作り手が震災の影響を受けた”ことも含めてしまうと、「全ての邦画は震災作品になった」と言っても過言ではないかも知れない。

そんな“震災映画”が溢れる邦画界で、ドキュメンタリー作品は意欲的な良作を生み出し続けている。『311』(監督:森達也・綿井健陽・松林要樹・安岡卓治/2011年/94分)は被災地の瞬間を切りとり、『ヒロシマ、そしてフクシマ』(監督:マーク・プティジャン/2015年/80分)は新たな切り口で放射線の真実を示し、『大地を受け継ぐ』(監督:井上淳一/2015年/86分)は微視的視点から“被害”を詳らかにした。
しかし、意外に作品数の少ないジャンルがある。それは、“復興”だ。『先祖になる』(監督:池谷薫/2012年/118分)と言う素晴らしい作品はあるが、ドキュメンタリー映画でも震災からの復興を前面に掲げた作品は少ないのが現状だ。

『サンマとカタール〜女川つながる人々』は、宮城県女川町の震災後を追ったドキュメンタリー映画である。住民の1割近くが犠牲となり8割以上が住まいを失った女川町が、如何にして“復興のトップランナー”となったのだろうか。乾弘明監督のカメラが丹念に、真摯に記録したのは、“復たび興ちあがる”人々である。
sub1_1200x800_300dpi
名物サンマの昆布巻が主力製品の水産加工所で役員を務める阿部淳さんは、【女川 復幸祭(ふっこうさい)】の実行委員。「心の中で生きてる人に文句言われないようにって思うと、けっこう色んなことが出来たりする」
女川町観光協会会長・鈴木敬幸さんは、重要な役割を若者に任せる。「震災前からそう言う風土でした。私たちが若い世代の時も、そうしてもらったので」
震災後の激務の中、志半ばで病に倒れた阿部誠さんの妻・由理さんは、急ピッチで進む駅と海を結ぶプロムナードに佇む。「震災後しばらくは海が怖くて見れませんでした。けど、多分私たちはいつも潮の香りを嗅いで暮らしていたんです」
須田善明・女川町長「津波が来た時に防潮堤で見えなくて避難が遅れるのはどうか、と言う議論もあったし、都市計画の中で海と日常をもっと近付けたかったんです」
“復興のシンボル”大型冷凍冷蔵施設【マスカー】建設を要望した女川魚市場買受人協同組合・石森洋悦 副理事長「難しいだけで不可能ではないことを、この建物を見ることで町の人に分かってほしかった」。マスカーの工期は、わずか5ヶ月だった。
マスカー建設に20億の資金援助をしたのは、カタール政府。1971年世界最大規模の天然ガス田が発見されるも、資金も技術も乏しかった当時のカタールに手を差し伸べたのは、日本の企業だった。
sub3_1200x800_300dpi
映画は、女川町が決して目を背ける訳にはいかない問題――東北電力女川原子力発電所についても取りあげている。住民からの意見のみならず、電力会社や行政府の発言も汲みとる姿勢は、『サンマとカタール』が“復興”と真摯に向き合っている証佐と言える。

政(議会)、官(行政)、財(企業)、そして民、その何れが欠けても、復興は進まない。そんな主張が声高に叫ばれている訳ではないが、映像が饒舌に示している。それは、『サンマとカタール』と言うタイトルにも如実に表わされている。サンマとは“財”“民”の、カタールとは“政”“官”の、象徴なのだ。その全てが揃って、女川は復興のトップランナーとなれたのだ。

この国で、震災を他人事として考えている人はもう少数派である。しかし、自分が当事者と――被災者となって、初めて気付くことも少なくない。残念ながら、それが現実だ。
ならば、災害に対して自分が出来る事を考えよう。せめて、当事者意識を持って学んでいこう。
実に良質な教材が映画館にはあり、観るべきタイミングで上映される。映画館は、“現代”を学ぶ教室なのだ。
そして、知識を得るだけでなく、映画を観て元気になろう。
『サンマとカタール』は、示される教訓に負けないくらい、観る者に活力を与えてくれる。映画とは、いつの時代もポジティブな物なのだ。

文 高橋アツシ

『サンマとカタール〜女川つながる人々』
監督:乾弘明(『平成職人の挑戦』『蘇る玉虫厨子』『李藝〜最初の朝鮮通信使』監督)
ナレーション:中井貴一
制作:花組、製作:日本カタールパートナーズ/平成プロジェクト
配給:東京テアトル 公式サイト: http://onagawamovie.com
2016年5月7日(土) ヒューマントラストシネマ有楽町 5月14(土)名演小劇場 他全国順次公開
©2016Japan-Qatar Partners

記事が気に入ったらいいね !
最新情報をお届け!

最新情報をTwitter で