革命家・足立正生が放つ“超現実”『断食芸人』鑑賞記


_1100948「色々映画を作ってきたけど、一番楽しんで作った映画です」

登壇した足立正生監督は、席に着くなりそう言った。
2016年4月23日、名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)では、足立監督の監督復帰第2作となる『断食芸人』の初日舞台挨拶が開催されたのだ。

『断食芸人』ストーリー:
とあるアーケード街、シャッターの閉まる店舗の前で、一人の男(山本浩司)が蹲っている。何も話さない、何も食べない男の様子はSNSで瞬く間に拡散され、商店街は俄かに見物人が押し寄せる。見世物小屋の興行師(桜井大造)、座長(流山児祥)から“断食芸人”として契約させられた男は、監視(本多章一)付きの檻に入れられる。“国境を守る医師団”内科医(伊藤弘子)のドクターストップも頑なに拒み、自己責任で断食芸を続ける男を、二人の僧侶(和田周・川本三吉)、引き篭り(岩間天嗣)、美大生(井端珠里)が見守り続ける。
フランツ・カフカの短編を原作とした映画『断食芸人』は、目眩く衒学的展開で、観る者を日常と非日常の狭間……多重世界に陥れる――。

――『幽閉者 テロリスト』から9年ですね(MC:平野勇治支配人)
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足立正生監督 9年間寝てた訳ではなくて(笑)、毎年1~2本の企画を纏めるために頑張ったり、シナリオも書いて印刷もする段階まで行ったりするんですが……最後の最後になって「監督は足立か」とお金を出す人がスーッと何人か居なくなったりして……そんな顛末が、繰り返し行われていたんです。それで、あんまりお金の掛からない【芸人シリーズ】って言うのを考えたんですね。広島の原爆で当時の傷痍軍人のように街頭で空き缶を持って全身を晒す“ケロイド芸人”がいました。東松照明さんも一部撮って『ケロイド』って言う本を出版するんですが、すぐGHQが発行禁止にして絶版になったそうです。或いは、この映画の中にも一部残ってる、アイヌの人や琉球の人や台湾、中国の人々をまるで動物のように見せる“人類館”。そんな、“見世物”“芸人”の世界をシリーズでやれば良いんじゃないかと思ってたんですね。そうしたら、1980年軍事政権に蜂起した民衆が空挺部隊と銃撃戦までやった事件で、住民が閉じ篭った韓国・光州の県庁舎をアジアのカルチャーセンター(国立アジア文化殿堂、Asia Culture Center)にすると言うアイデアがあって、それがいよいよアジア・アート・シアターでやっと完成するからと言うんで、杮落としにこの映画を出したんです。そう言う切っ掛けでも無ければ、この映画は出来なかったですね……韓国の人が、予算の1/3以上を出してくれました。

――足立さんに頼まれたのは、どうしてだったんでしょう?

足立監督 アジア・カルチャー・コンプレックスには常設の物凄い美術館が出来てまして、学芸員の方たちが日本の戦後の前衛アートの展覧会とか色々やってる間に話が来たんです。「現代アートは詰まらない。どこに問題があるのか問いたい」って言うもんですから、「アートとは“破壊”と“創造”なんだけど、何を壊して良いか分からない、どう壊すのか分からない、そう言う揺らぎみたいなものが現代アートを駄目にしてるんだ」って話を一年くらいしてたんですね。そこで、「映像、シアタープレイ、パフォーマンス……色々あるが、何かやってくれないか?」って言われまして。だけど私、日本政府が旅券を出さないので、どこの国にも行けないんですね。だから、「日本で作って、それを持って行ってやったらどうか?」って言ったんですが、「とにかく現場でやるのがテーマだから」なんて言われて、しばらく論議してたんです。ちょっと面倒臭くなって、カフカ原作の『断食芸人』の企画を出したら、皆が「キャッホー!」と賛成してくれたって言うだけなんです。偉そうに「破壊が足りないって」言ってたんですね……僕、何にも壊してないですよ、今。

――そうですか(笑)?映画を壊したりしてるんじゃないですか?

足立監督 いや、僕は真面目に映画を作ろうと思ったら、こうなる訳で……そう言う意味では、普通の作劇法は使わないと言うのはありました。作劇を壊すのでは無くて、“紙芝居”風に「現代は何なんだ?」ってことを皆さんに気軽に観てもらおうと言う作為が全編を貫いているので、普通のドラマティックな作劇って言うのは止めました。一部、破綻してますけどね。

――紙芝居って言う表現が出ましたが、色々なエピソードはお客様の中で様々な解釈が出来ますよね?

足立監督 いつも私は思ってるんですが……私が映画を撮り、こうして上映していただき、観ていただいた人の頭の中で映画は初めて完成するんですよね。ですから、私が何かとやかく言うより、皆さんの意見を聞きたいと言うのが本音で、ここに伺いました。

足立監督はそう言うと、客席からの質問を求めた。挙手が止むと、監督自らが指定して意見を請うほどの貪欲さであった。そして、指された観客も言い淀むこと無く自由闊達に意見交換をする有意義な時間を過ごすことが出来た。
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様々な疑問、感想は留まることがなく、ロビーで行われたサイン会でも尽きることのないディスカッションが続いた。

足立監督は、記者の質問にも快く答えてくれた。

――本多章一さん演じる“監視人”は、社会の象徴にも私たち観客の象徴にも見えました(聞き手:高橋)

足立監督 現代の世相を表してる周りの人物をずっと見ながら、謂わば断食男に“伴走”してる。監視人がラストあんな行動に出るのは、彼も一緒に断食してたようなもんだからかも知れないね。

――前作とは随分と雰囲気が変わりましたね?

足立監督 前作は重くて色々失敗したんだけど、今度は楽しく“紙芝居のパノラマ映画”を作らせていただきました。それを前作もやりたかったんだけど(笑)。

――撮影期間は、どのくらいだったんですか?

足立監督 実際の撮影期間は、12日間くらい。

――山本浩司さんの断食男は、早い段階から構想されてたんですか?

足立監督 『幽閉者 テロリスト』に出てもらった時“骨皮の痩せっぽ”だった山本さんに演ってもらおうと来てもらったら、中年太りしてて(笑)。「いや、絶食しろって言われたので、3日間絶食してますよ」って言われたんだけど、撮影に入る頃は薬も飲んでやってるから逆に浮腫んじゃって……可哀相だった(大笑)。山本さんは、撮影中もずっと断食してましたよ。

――じゃあ、劇中の“ドクターストップ”は、リアルな話なんですね

足立監督 まあ、水分を摂ってれば、どうってこと無いんですよ。ただ、3~4日目くらいから、少し……トリップは始まるんだけど(笑)。

――劇中、“見世物”が大きなキーワードになっていると感じました

足立監督 見世物の最たるものは、“ヘビ女”なんかもあるけど、やっぱり“人類館”。博覧会の中で、人間を動物並みに見世物にする……何なんでしょうね、一体。そこは、今でも大きなテーマだね。日本人の精神構造って何もかも取り込みながら生きてるんだけど……異物、新しいものへの拒否反応って非常に強い。片一方では大事にしている、憧れているのに、取り込んでしまったら、サーッと元通りに「おらが村で生きてる」みたいに新しいこと、大変なことは何もかも無かったことにする。3.11でも、それが見事に出てる。見世物小屋とか芸人と言うことの中には、元々それをどう打ち破るか、突破するかと言うものがあって、私にとっては非常に重要なテーマにしたい内容です。私はシュールリアリストとなってますけど、日常に対して非日常をぶち当てて、「これで良いのか?」と問うのが仕事だと思ってます。この世の中は一枚岩ではなく非日常が一杯あるってことを提案していきたいんですよ。
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故 若松孝二監督の盟友・足立正生は、生粋のフィルムメーカーであり、政府が恐れる革命家であり、反骨のシュールリアリストである。
足立監督が生み出す“非現実”は、奇妙な味わいかも知れない。だが、“現実”が奇妙ではないと、誰が言えよう。
『断食芸人』が観せてくれるのは、奇抜な“非現実”と尋常な“現実”ではない。『断食芸人』が観せてくれるのは、奇天烈な“非現実”と奇天烈な“現実”である。

「若者には、全てを託したいと思っているんです。悪く言う人もいるけど、SEALDsは「自分がやる」「自分が許せない」ってはっきり声を出したでしょ?僕は、絶大なる賛歌を送りたいですね」

黒眼鏡の奥で、足立監督の瞳が輝いた。

取材 高橋アツシ

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