情熱の炎は地獄のように 『偉大なるマルグリット』レビュー


「偉大なるマルグリット」メイン
1868年、フィラデルフィアに一人の女の子が誕生した。オペラ歌手を目指すも厳格な父はそれを許さず、長く雌伏の時期を過ごすこととなる。
転機が訪れたのは40代になってからと言うから、彼女の人生の前半はさぞかし不本意なものだったに違いない。不幸な結婚生活の後の離婚は彼女に相応の慰謝料をもたらし、程なくして父を亡くし莫大な遺産を相続したのだ。情熱を阻むものが取り払われた上に経済的な自由を手に入れた彼女は、積年の夢であるオペラ歌手の道へと邁進する。
果たして、彼女のステージは大盛況。ニューヨークのリッツ・カールトンで年に一度開催されるリサイタルは評判に評判を呼び、入場券はワールド・シリーズのスタンド席よりも入手困難なプラチナ・チケットと称された。遅咲きの歌姫は燻ぶっていた数十年を取り戻すかのように、異例のスピードでキャリアを重ねていった。そして、1944年には、マンハッタン区7番街881番地――そう、天下のカーネギー・ホールを借り切って、ワンマン・リサイタルを敢行したのだ。しかも、興行は大成功、チケットは瞬く間に売れ、リサイタルの数週間前にはソールド・アウトとなった。
歌姫の名は、フローレンス・フォスター・ジェンキンス。カーネギー・ホールでのリサイタルの1ヶ月後、76年と言う波乱の人生に幕を下ろした。

そんな歌姫・フローレンスの歌声を聴いた一人の映画監督が10年と言う構想期間を費やし完成させた映画が、間もなく公開となる。
グザヴィエ・ジャノリ監督作品『偉大なるマルグリット』である。

『偉大なるマルグリット』Story:
1920年9月、評論家ボーモン(シルヴァン・デュエード)はフランス郊外にあるジョルジュ・デュモン男爵(アンドレ・マルコン)邸で開催されたチャリティー音楽会で、マルグリット・デュモン男爵夫人(カトリーヌ・フロ)の歌声を聴く。翌日ボーモンは絶賛の評を新聞に寄稿するが、それはマルグリットに近付く下心があっての記事であった。
ボーモンは駆け出しの画家・キリル(オベール・フェノワ)と共に、マルグリットをパリの音楽会に出演させる。彼らは野心の為に近付いたはずだったが、マルグリットの心から音楽を愛する奔放な情熱に、そして彼女のステージに魅了されていく。
それまで友人や知人など招待客の前でしか歌ってこなかったマルグリットは、罵声ではあったものの観客を前にして歌うことの魅力に目覚め、ホールでリサイタルを開催することを決意する。
招聘されたオペラ歌手・ペッジーニ(ミシェル・フォー)は、マルグリットの忠実な執事・マデルボス(デニス・ムプンガ)の説得にも拘らず、何としても歌唱指導を断ろうとする。それもそのはず、マルグリットには本人だけが知らない大いなる秘密があったのだ。
新人歌手・アゼル(クリスタ・テレ)が体調を悪くしているのかと勘違いするほどに、マルグリットの音楽の才能はミューズに見離されたものであった――マルグリットは、音痴であったのだ――。

グザヴィエ・ジャノリ監督によると、フローレンス・フォスター・ジェンキンスの歌声に衝撃を受け、マルグリット・デュモン像を創りあげていったと言う。そう、フローレスもまた、音痴で名を馳せた歌手であった。それも、そんじょそこらの歌下手ではない。フローレンスは世界で最も有名で、世界で最も愛された、筋金入りの音痴なのだ。
そんなフローレンスからインスパイアされたマルグリットだから、本当に魅力的な女性として描かれる。
自身の出世や名声欲しさにマルグリットを唆すボーモンとキリル、女主人と同じく芸術に恭順するマデルボス、「コロラトゥーラどころか、ソプラノですらない!」と厳しく指導するペッジーニ、そして、コンサートの開催を頑なに反対するジョルジュ・デュモン男爵――皆みんな、音楽に一途なマルグリットの虜だ。
尊大なるマルグリットは、音痴を克服できるのか?自分の秘密に気付いてしまうのか?そんな結末は、実はどうでも良いのかも知れない。マルグリットの生き様に手に汗を握り、運命を切り拓いていく様は只ただ面白い!

モーツァルト作【魔笛】より『夜の女王のアリア(復讐の炎は地獄のように我が心に燃え)』
フランス国歌『ラ・マルセイエーズ』
レオンカヴァッロ作【道化師】より『衣装をつけろ』
モーツァルト作【フィガロの結婚】より『恋とはどんなものかしら』
ビゼー作【カルメン】より『恋は野の鳥』
ベッリーニ作【ノルマ】より『清き女神よ』
数多の名歌曲を堪能できるのも、『偉大なるマルグリット』の大いなる魅力の一つである。だが、お気を付けあそばせ。この中の幾つかは、マルグリットが歌っているのだから。

また、5章構成で進行するこの映画自体、1本のオペラであると解釈することも出来る。高尚なはずのオペラ作品がこんなに面白くていいのか?と、要らぬことを考えてしまうのだが……今更ながら、気付かされる。
そうか。そもそもオペラとは、今も昔も“娯楽の王道”であった。

文 高橋アツシ

『偉大なるマルグリット』 PG12
キャスト:カトリーヌ・フロ 『大統領の料理人』アンドレ・マルコン 『不機嫌なママにメルシィ!』ミシェル・フォー 『スイミング・プール』クリスタ・テレ  『ルノワール 陽だまりの裸婦』監督:グザヴィエ・ジャノリ 『情痴 アヴァンチュール 』
129分–スコープ–5.1ch –フランス 配給:キノフィルムズ
© Fidélité Films / France 3 Cinéma / Sirena Film / Scope Pictures
2月27日(土)よりシネスイッチ銀座、YEBISU GARDEN CINEMA 3月12日(土)より名演小劇場 他全国ロードショー

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