孤独な旅路の果てに、画家は一筋の光を見たのか『ターナー、光に愛を求めて』レビュー


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ジョゼフ・マロード・ウィリアム・ターナーは19世紀に活躍した英国の画家で、数々の傑作を世に送り出したロマン主義の大家だ。
海や船を主とした風景画を描き、英国史上最高の画家とも称されるターナーだが、その人物像についてはあまり知られていない。
謎多き偉大な画家の人生を、現代に鮮やかに再現してみせたのは、英国の巨匠マイク・リー監督。
撮影開始までに12年という長い時間、リー監督が暖めてきたウィリアム・ターナーの伝記映画がついにヴェールを脱ぐ。

伝記映画はともすれば主人公の人生をなぞる無味乾燥なものになる可能性があるが、本作にはそんな心配は無用だ。
監督の手腕はもちろんのこと、ターナーを演じた主演のティモシー・スポールの圧巻の演技で、人間ターナーの荒い息遣いがスクリーンから聞こえてくる。

小柄でずんぐり体型のぶっきらぼうな男、中年期を迎えたターナー(ティモシー・スポール)だった。
家を空けてはスケッチ旅行に飛び回り、絵の道具の手配や絵画の顧客対応は父親(ポール・ジェッソン)と家政婦のハンナ(ドロシー・アトキンソン)に任せきり。
元理髪師の父親は独学で読み書きを習得し息子に教育した知性的な人物で、嬉々として息子のアシスタントをこなす。
父子の絆は非常に深く父はターナーの最大の理解者であった。
そんな愛する父が病に倒れ亡くなった時、ターナーは深く嘆き悲しみ、まるで子供のように嗚咽するのだった。

だが一方、彼の女性に対する扱いは冷徹そのものだ。
かつて音楽家の未亡人サラ・ダンビー(ルース・シーン)との間に娘二人をもうけたものの共に暮らすことはなく、生活の援助をすることもなく、世間には子供の存在をひた隠しにしている。

交際しても結婚はせず、関係をもつのは未亡人や使用人など自分より立場が弱い女性ばかり、呆れるばかりに思いやりが感じられない。
そこだけ切り取ると、最低男のレッテルを貼られても仕方ないのだが、飄々としたターナーを、どうしても憎むことができない。

ターナーの母親は生前重い精神障害を患っており、家族に大変な苦労がのしかかっていたことが、ターナーの女性観に影響を与えたとも推察される。彼にとっては、女性は厄介をもちこむ面倒な存在だったのだろう。

愛情と非情、矛盾する顔をあわせもつターナーだが、絵画への情熱は常に変わることがなかった。
いくら有名になろうとも、毎年夏にはスケッチ旅行に出かけ、ある時は嵐の海をリアルに描くため、自らを船のマストにくくりつけ嵐を体感するというとんでもない暴挙に出る。彼にとっては絵画が全ての行動の中心であった。

長年高い評価を受け続けてきたにも関わらず、晩年になって画風を急激に転換したことも、常に絵画の可能性を探っていたターナーならではのチャレンジであろう。
あまりにも斬新な技法は、しかし、ロイヤルアカデミーにも大衆にも受け入れられず、ターナーは批判と嘲笑の的となってしまう。
現状に甘んじず、自らの絵画を追求し続けた男は、老いても信念を曲げることはなかった。

思えばターナーは常に孤独を背に生きてきた。偽名を使って旅をし、他人に懐を開かず私生活は決して明らかにしない。晩年に、旅先で知り合った宿屋の未亡人ソフィア・ブース(マリオン・ベイリー)と再婚するものの、それもひた隠しにしていた。

彼の人生の旅路には、言いようのない切なさが常に存在する。
決して他者に理解されない、理解されることも期待しないその覚悟が、どうしようもなく切なく、美しいのだ。

そして、ターナーに本質的には愛されることはなかった女性たちの存在が、切なさを一層際立たせる。
とりわけ、長年ターナーに心身共に仕え続けた家政婦ハンナがその象徴だ。ターナーがソフィアと結婚したことも、アトリエと別に二人の居を構えたことも、ハンナは何一つ知らされることはなかった。
妻ソフィアにはターナーは癒しを見出だし、彼女と住んだ邸宅で死を迎えるが、根底にある孤独はやはり、常に彼だけのものであった。

名作『戦艦テメレール号』『吹雪―港の沖合の蒸気船』の製作秘話や、ターナーがライバル視していた画家ジョン・コンスタブルとの意地の張り合い、交流があった科学者メアリー・サマヴィルのプリズム実験に目を輝かす姿など、伝え聞かれているターナーのエピソードも生き生きも描いており、絵画のように美しい映像の中に、確かにそこにいたターナーの人生を垣間見ることが出来る。

本作を鑑賞した後、ターナーの作品を目にしても「ただの風景画」とは思うことはないだろう。
孤独を内包しながらも、ひたむきに生きた不器用な男の旅路に、静かに胸を打たれる名作だ。

文・小林麻子

『ターナー、光に愛を求めて』 【PG12】
© Channel Four Television Corporation, The British Film Institute, Diaphana, France3 Cinéma, Untitled 13 Commissioning Ltd 2014. 配給:アルバトロス・フィルム、セテラ・インターナショナル
http://www.cetera.co.jp/turner/
6月20日(土)よりBunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町、名演小劇場ほか全国順次公開!

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