キセキを待てないROOKIES --『ホームレス理事長〜退学球児再生計画〜』レビュー
キセキを待てないROOKIES --『ホームレス理事長 〜退学球児再生計画〜』レビュー
ドキュメンタリー映画と劇映画で、観客が感じる一番大きな違いは、カメラの存在感であろう。
様々な約束事を合意した上で撮影が行われる劇映画と違い、ドキュメンタリー映画のカメラは被写体の姿を変質させてしまう凶器たりうる。 撮影者がまるで存在を消してしまったかのような一握りの稀有な作品以外、ドキュメンタリー作品の被写体がカメラの前でありのままの姿を晒すことは有り得ない。
ドキュメンタリー作品とは、被写体がカメラを向けられることで起こす突発的な化学反応を記録したものなのだ。
東海地方の空の玄関である中堅工業都市に『ルーキーズ』なる硬式野球のチームがある。高校の野球部をドロップアウトした選手で構成されたチームで、運営するNPO法人『ルーキーズ』は定時制高校とも連携しており、高校を中退した子供たちが高卒の資格も目指す。
理事長・山田豪氏が「日本で唯一」と言う野球チームは、だからこそ様々な問題に直面している。 不利なリーグ戦にしか参加できないため連敗ばかりのチーム事情、寮生活を牢獄に譬える子供たち、選手間のいじめ、喫煙等の不祥事、暴力行為、父兄との対立…。 特に定員割れによる赤字は深刻で、人材はチームを離れ、遂にはリストラを断行せざるを得ない状況にまで陥る。
カメラの前に立つ被写体たちは、火花を散らすかのような激しい化学反応を起こしてみせる。
高校野球を去らなければならなかった人々の心の傷は深く、選手たちは苛立ちを隠そうとはしない。ある者はカメラに逆上し、ある者はカメラを向けた途端に口を噤む。 そして、タイトルにもなっている理事長が生活を激変させてまで金策に腐心する姿に、感情が激しく揺さぶられる。
四十代も半ばの大の男が、走り回り、狼狽し、虚勢を張り、頭を丸め、土下座し、泣き喚く。見ていられない程の情けない姿だが、心が震えるのも束の間、いつしか笑ってしまっている自分に気付く。
ドキュメンタリー映画として110分の尺に編集された『ホームレス理事長』が撮影されたのは、2012年のことだと言う。ちなみに、ルーキーズの活動は2010年からとか。チームが2年もの間体裁を保っていられるのは、この情けなくも魅力的な山田理事長あってこその事なのであろう。カメラに向かって心境の変化を大いに語る少年が、離れたはずのチームに戻ってくる野球人が、崖っぷちのチームの素晴らしさを言葉にはせずとも雄弁に語る。
圡方宏史監督は、『ホームレス理事長』がドキュメンタリー初監督だとか。ドキュメンタリー監督としての立ち位置を激しく問われる奇跡のシーンがあるので、是非ぜひお観逃し無きよう。初の監督作でこの場面を撮れるとは…圡方監督、何か“持っている”としか思えない。
蛇足ではあるが、当作品のエピソードを一つ。
47分の短縮版がローカル放映された時、視聴者から体罰の場面が不適切であるとの意見や出演者の無策さに対するクレームが寄せられたそうで、地上波での放映は絶望的なのだとか。こうして注意喚起したので、少なくとも拙レビューを読む映画ファンの皆様はこうした苦情を入れないでくださると有難く思う。この良質なコンテンツの鑑賞機会がこれ以上奪われるのは、個人的に耐えられないので。
愛知県に実在する“ROOKIES”には、カッコいいヒーローは居ない。キセキのような出来事も起こらない。常軌を逸した情熱が、泥臭い行動が、少しずつ人々を動かす。
映画を観て気になったなら、どうか御自身の手で『ルーキーズ』の現在を調べて頂きたい。それこそが、現在(いま)を映すドキュメンタリー作品の本懐だと思う。
文 高橋アツシ
『ホームレス理事長~退学球児再生計画~』
監督:圡方宏史 制作・配給:東海テレビ放送 配給協力:東風
(C)東海テレビ放送
公式サイト http://www.homeless-rijicho.jp
2014年2月15日(土)より、ポレポレ東中野ほか全国順次ロードショー