『‐×‐』(マイナス・カケル・マイナス)
すれ違う他人 つながらない世界 人の痛みなど、ただ通り過ぎるだけなのか?
何かを失ってしまった者たちの1対1の関わり―― 交差する「喪失と希望」、2つの物語
【ストーリー】
大阪郊外の町。日に日に緊張感が高まるイラク情勢のニュースがラジオから流れる中、タクシードライバーの貴治(澤田俊輔)は消費者金融からの催促の電話に怯えながら日々の仕事を無為にこなしていた。ある日、市内をタクシーで流していた貴治は不思議な客・京子(長宗我部陽子)を乗せる。「財布を忘れた」と言って自宅の団地にお金を取りに行った京子を外で待っていると、部屋の中から京子の悲鳴が聞こえ、空き巣に入られたという。だがその後も料金を払うでもなく、貴治を引き止めて一人息子のホームビデオを見せたりオセロの相手をさせながら延々と喋り続ける京子。棚の引き出しには現金が入っている。貴治の心が黒くうごめきだす……。
同じ頃、両親が離婚して父親と暮らす14 才の中学生・凛(寿美菜子)は、引っ越し前に住んでいた団地を訪れて親友の智美(大島正華)との再会を喜んでいた。その夜、凛は母親の春子とファミレスで食事をするが、心を閉ざした凛と春子の会話はまったく噛み合わない。そこへ春子の現在の恋人らしき男がやって来る。行き場を失った悲しみとやりきれない思いを持て余した凛は、その鬱屈を思わず智美にぶつけてしまうが……。
出会うはずのなかった人と人。
それぞれに痛みを抱えた人生がいま、ひとつの町の片隅で交差する!
伊月監督のコメント「違和のある記憶」
振り返れば、この映画の脚本を考えていた時、2つの記憶から始まったと思う。
これは、ぼくの20代前半の記憶である。
ぼくは大阪郊外の人口25万人ほどの町で育った。実家のそばには小学校があり、登下校の時間は小学生たちの声であふれる。実家の向かいには、今にも潰れてしまいそうな古いアパートが建っている。ある日、数人の身なりのきちんとした人々がそのアパートの一室に入っていくのを目にした。そのアパートに独りで住んでいる初老の男が死んでいたらしい。死体は腐り始めていた。その初老の男は、いつもしかめ面で一人、町を歩いていた。小学生が通り、活気にあふれる数メートルの道を挟んで、初老の男は腐り、ぼくは穏やかに日々を暮らし、親に養ってもらいながら将来に悩み、不安を抱えていた。
近くて遠い他人。そして、無関心と無関係。 心に違和感が生まれた出来事であった。
もう一つの記憶は、2003年のイラク戦争である。
イラクに大量破壊兵器などなく、ブッシュ政権の嘘の話から始まった戦争である。ブッシュ政権がでっちあげた大義名分のもとで大量殺戮が行われているというのに、ぼくはどこか遠い国のおぞましい大きな出来事より、自分自身の日常の小さな出来事のほうがずっと重要であった。今、ぼくにとってあの戦争は違和のある遠い記憶にすぎないが、あのくだらない戦争で愛する人を喪った人たちは何を思い、生きているのだろうか?
2011.3.11東日本大震災に触れないわけにはいかない。
あれから数ヶ月経ち、再びあの違和感がよみがえろうとしている。どこか心の奥底に秘め、時折のぞかせては、目をつぶり、忘れ去ってしまっていたあの違和感。
目の前に迫る小さな日常に追われ、今、ぼくは精一杯生きている。そして、時には政府の対応に憤り、テレビに小言を言い、飲み屋の酒の肴にする。3.11 以降、ぼくの生活で変ったのはそれぐらいである。
ぼくはまだ東北に行っていない。 踏み出さなければいけない。世界はつながっているのだ。
『‐×‐』(マイナス・カケル・マイナス)
製作・監督・脚本・編集:伊月肇
制作・共同脚本・音響効果:松野泉 撮影:高木風太
キャスト:澤田俊輔 寿美菜子 長宗我部陽子 大島正華
公式HP http://mainasu-kakeru-mainasu.com/
2011年12月3日(土)より渋谷・ユーロスペースにて公開!