秘密がもたらす、家族のひずみ『誰もがそれを知っている』レビュー



『別離』、『セールスマン』でアカデミー賞に二度輝くイランのアスガー・ファルハディ監督の新作が、スター俳優夫婦であるペネロペ・クルスとハビエル・バルデムをメインキャストに据え、この6月に公開される。
人間の心の機微、感情の揺れを、まるで繊細なレース編みのように丁寧に紡ぐことに長けたこの名監督が舞台に選んだのは、スペインの片田舎の村だ。
アルゼンチンに住むラウラ(ペネロペ・クルス)が、妹の結婚式に出席するため、思春期の娘イレーネ(カルラ・カンプラ)、幼い息子ディエゴを連れて実家のあるスペインに帰ってくるところから物語は始まる。年老いた父や兄弟たち、幼なじみで今はワイナリーの経営者として成功しているパコ(ハビエル・バルデム)とも再会し、楽しいひとときが流れていく。ラウラとパコはかつて恋人同士だったが、今はパコには妻ベア(バルバラ・レニー)がいる。

結婚式、それに続く祝宴は夜通し続き、皆が大いに歌い踊る中、突然の停電が視界を奪う。それでも冷めやらぬ熱気の中、ラウラは部屋で寝ているはずのイレーネの姿が見えないことに気づく。必死でイレーネを探し回るラウラのもとに「娘を誘拐した、警察に通報すれば殺す」という恐ろしいメールが届く。
皆が手をこまねく中、パコは必死に手がかりを求め犯人を見つけ出そうとするが、そんな中、ラウラに身代金30万ユーロを要求するメールが届く。精神的、肉体的にも皆が追い詰められていく中、お互いへの猜疑心が芽生え、積もり積もった感情が噴出する。娘を救いたいラウラは心に秘めたある秘密を告白する決意をするのだがーー。

ファルハディ監督は、感情のスイッチする過程をなぜこんなに美しく描けるのだろう。信頼や愛情が、ある出来事をきっかけに、疑念や不信に変質するさまを特別な瞬間ではなく、極めて自然な流れの中で描く。相手への感情がいつ変化するか、それは当人でも分からない積み重ねの結果だ。アカデミー賞を受賞した二作のほか『彼女が消えた浜辺』や『ある過去の行方』でもそれは如実であるが、本作でさらにその卓越性は増している。

警察に通報できない極限状態の中、それぞれの隠された感情や事実が次々と明るみになる。ラウラの家族とパコの間の土地売買を巡る因縁が蒸し返され、裕福だと思われていたラウラの夫、アレハンドロ(リカルド・ダリン)が経済的に困窮していると分かると彼に疑いの目が向けられる。猜疑心は少しずつお互いの関係を変えていき、良好な関係はいつのまにかぎこちないものになっていく。とりわけ、パコがラウラのために奔走し彼女を支え続けるのを、妻のベアはやりきれぬ思いで見つめていた。

ラウラの娘を救いたい想いは何よりも強く、彼女はある秘密を告白しパコに身代金を用立てるよう懇願する。それは娘への愛情の証ではあると同時に、家族や友人の関係も揺るがす危険で身勝手な告白でもあった。すべてを円満に手にすることはできないこと、そして心に一度生じたひずみはけしてもとに戻らないという冷徹な現実を、ファルハディ監督は極めて巧妙に、静かに語っている。ラストシーンに再び揃うラウラの家族の表情、それがすべてを物語っている。

ファルハディ監督が二人を当て書きして脚本を完成させたというペネロペ・クルスとハビエル・バルデムは実生活では夫婦だが、元恋人同士という複雑な間柄を演じた。ラウラの夫、アレハンドロには、各国の映画祭で絶賛されアカデミー賞外国語映画賞も受賞した『瞳の奥の秘密』に主演したアルゼンチンの俳優リカルド・ダリン。他キャストもスペイン語圏の実力派俳優が揃い、見応えのある重厚なサスペンス、ヒューマンミステリーとして、ファルハディ監督の名作リストに名を連ねるだろう。

文 小林サク

『誰もがそれを知っている』
原題:Todos lo saben 提供:バップ、ロングライド 配給:ロングライド
(C)2018 MEMENTO FILMS PRODUCTION – MORENA FILMS SL – LUCKY RED – FRANCE 3 CINEMA – UNTITLED FILMS A.I.E.
6月1日(土)Bunkamuraル・シネマ、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国順次公開

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