信じる者は、救われない『我は神なり』レビュー



とにかく主人公が最低最悪な中年男!誰を、何を、信じるべきか。
『新感染 ファイナル・エクスプレス』のヨン・サンホ監督が叩きつける、窮屈な現実。

人の弱みにつけ込んで利用する出来事は後をたたない。信用の先を間違えるととんでもないことになるという話を一度は耳にしたことがあるだろう。この世には悪魔のような人間が実在するのも事実だが、すべてを疑ってしまうと誰も信じられなくなる矛盾が生まれてしまう。何事も紙一重である。

本作を手掛けたヨン・サンホ監督は、韓国を代表するアニメ作家。しかし、衝撃的かつ泣けるゾンビパニック映画『新感染 ファイナル・エクスプレス』で実写デビューを飾った逸材は当然のごとく世界から脚光を浴びているが、ついでに筆者のゾンビ映画への抵抗を見事にかさらってくれたことにも感謝している。

社会派アニメ作家としてのキャリアがある監督が手掛けた長編アニメが立て続けに日本公開を迎えており『新感染 ファイナル・エクスプレス』の前日譚を描いたゾンビアニメ『ソウル・ステーション/パンデミック』、そしてこの『我は神なり』となる。ちなみに本作は残念ながらゾンビではない。信仰にフォーカスを当てており、粗暴なおっさんが出てくる話である。

ダムの建設によって水没することが運命づけられた田舎の村に、トラブルメーカーのミンチョルが久しぶりに帰ってくる。家族に暴力を振るい、娘の貯金を使うなど身勝手な行動に周囲はあきれ顔。

破滅的な村の行く末。不安のどん底にいる村人たちは、こぞって教会に通っては若きカリスマ牧師のソンを崇め、すがる思いで寄付金を納めている。ソン牧師の人々の幸せを願う思いや寄り添う姿勢に感銘を受けた村人たちの中には、ミンチョルの妻子も姿もあった。

「教会はインチキ教団の詐欺だ」と訴えるミンチョル。だが、日頃の行いが災いてしまい、札付きのワルのたわごとを家族も友人も警察もやはり誰ひとり信用しない。それどころか相変わらずの 威圧的な態度に“悪魔に憑かれた男”と烙印を押されてしまい……。

『息もできない』『あゝ荒野』の個性派俳優ヤン・イクチュンが、声も行動も荒々しいミンチョルを見事に怪演しており、“近くにいたら一切関わりたくないヤツ”にまんまと苛立つはずだ。神の申し子のようなソン牧師の穏やかさと対照的になっていることがこの物語の真髄と言えるだろう。

“悪魔に憑かれた男”は主人公ではあるがヒーローではない。非常に暴力的で最低な男。だが、そんな彼にも守ろうとするモノがある。信仰というテーマを掲げてはいるが宗教の是非を問うことはしておらず、根本的に何を、誰を、信じるのかを投げかけている。

容赦ない展開が繰り広げられ、観る者の期待と幻想を打ち砕いては強烈なダメージを残す。実写とアニメで両極端な世界を生み出すヨン・サンホ監督の二面性にシビレていただきたい。

文 南野こずえ

『我は神なり』
©2013 NEXT ENTERTAINMENT WORLD INC. & Studio DADASHOW All Rights Reserved.
10月21日(土)ユーロスペースほか全国順次公開!

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