薫tナツキ、そして――『ハイヒール革命!』レビュー


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現代社会では性的少数者(セクシュアル・マイノリティ)への理解は深まりつつある。かつて“性的倒錯者”という誤った認識を持たれていた暗黒時代は、遠い記憶となりつつある。レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(心と体の性別が一致しない者)の頭文字をとった【LGBT】という単語も、一般的になりつつある。
そう、残念ながら、語尾は常に“つつある”と結ぶ必要があるのだ。科学的見地が社会的に信頼され、医学が目に見えて発達し、情報ネットワークが全世界を網羅しかねない今、私たちはセクシュアル・マイノリティへの最新の知識を得ることは容易いはずなのに。そして、その使い方次第で共に生きやすい社会を作ることも出来るはずなのに。
LGBTという言葉が定着し“つつある”現代社会でも、性的少数者は多くの差別の、偏見の、そして好奇の眼に晒されている。
私たちは今、入口に……分岐点に、立っているのだ。

だからこそ、映画に出来ることがある。性的少数者をテーマにした映画は、古今を、そして東西を問わず数多作られているし、そんな作品を通してマジョリティ、マイノリティを問わず相互理解を深めようとする動きも近年活発だ。レインボー・リール東京、香川レインボー映画祭、青森インターナショナルLGBTフィルムフェスティバル、関西クィア映画祭、愛媛LGBT映画祭、大須にじいろ映画祭……全国各地でLGBTをテーマとした映画祭(フィルム・フェスティバル)も増え、作品上映のみならず様々なイベントで多角的にアプローチが試みられている。

「ただ自然に生きてたらこうなっちゃっただけで、何か名前が勝手に後から付いた、みたいな」ひとりの女性は、そう言った。“ニューハーフ”“オカマ”……様々な呼称は、時に彼女らの心を踏みつける。
「「オカマだから大変なのよ!」って言ったりするのって、ちょっと卑怯かなって思っちゃう。別に、人間生きてればなんだって悩みがあるから……人並みです、悩みは」そう言った女性の笑顔は、とても魅力的だった。
今回紹介させていただく映画『ハイヒール革命!』は、そんな人々の物語である。
生物学上“男性”として生を受けたものの、心の中にある性は“女性”――真境名 薫(まじきな かおる)の半生を写しとったのは、『築城せよ!』(2009年/120分)『WAYA! 宇宙一のおせっかい大作戦』(2011年/101分)『1/10 Fukushimaをきいてみる』(2013年~)の古波津 陽(こはつ よう)監督である。

『ハイヒール革命!』解説:
トランスジェンダーである真境名薫の“過去”“現在”そして“未来”を、ドキュメンタリーとドラマ両パートで多面的に描いたヒューマン・ストーリー。
【ドラマ・パート】:
中学生・薫(濱田龍臣)は、女子とのいざこざが原因で生活指導を受ける。「自分のことを分かろうなんてしない」教師たちに絶望した薫は、母・法子(西尾まり)と一緒に学校長と話し合いをすることになり、自分の言葉で訴える。「わたし、女子として学校に行きたい。これって、間違ってますか?」主張の一部は認められたものの、周囲の冷やかな反応は彼女を傷つけた。高校でも変わらない日々が続くのかと進学の意欲を失くす薫に、母は言った。「かおちゃんさぁ……最後まで戦うって、言ったよね?」
【ドキュメンタリー・パート】:
ナツキとして生まれ変わった薫は今、29歳。母・法子、兄・元司(ツカサ)、パートナー・ヒカル、友人・同級生たち等へのインタビュー、そして、ナツキ自身の独白で、“真境名ナツキ”の“現在”を浮き彫りにする。特に、ナツキが様々な人と試みる対話を御観逃しなく。彼女の“過去”を噛みしめ、“現在”を再認識し、“未来”を模索する最重要場面である。「そこで、変われたってありました?」「他のことはどうでもよくなっちゃうくらい、良い出会いだったから……自分を悲観する必要って特にないなって、思えるようになったんです」“過去”の薫に尋ねられた“現在”のナツキは、強い眼差しで答える。

『ハイヒール革命!』は、名言に溢れている。
「周りが理解すれば、障害を無くすことが出来るのかな」高木(藤田朋子)は、微笑みながら核心を突く。
「薫ちゃんは、ずっと薫ちゃんだったよ」瞳(秋月三佳)は、笑顔と同じくらい輝く言葉を投げかける。
ドキュメンタリーパートもまた、金言の宝庫である。否、ドラマパートを凌駕する言葉たちが耳をくすぐる。
母・法子が、パートナーのヒカルが、そしてナツキ本人が、名台詞どころか福音と称したいほどの輝きを放つ言の葉を零れおとす。

タイトルに用いられる“ハイヒール”は、作品でも効果的に使われている。ハイヒールが憧れだった薫にとって、それはまさに“革命”を象徴するアイテムだった。ハイヒールを履いて街を闊歩する彼女の背は、追い風を受けて全速で前進する船の帆のように弧を描いていた。そうして彼女は“薫”だった自分を脱ぎすて、“ナツキ”として一歩を踏み出したのだ。

今回レビューを書くにあたり、古波津陽監督と直接メールすることが出来たので、“誌上インタビュー”として紹介させていただく。
海外でお仕事中という誠に多忙な時間を割いて、記者の質問に回答くださった古波津監督、本当に有難うございました。

Q.『ハイヒール革命!』、素晴らしかったです
古波津陽監督 ありがとうございます。仕上げるまで試行錯誤して長い期間がかかった作品なので、そう言っていただけると素直に嬉しいです。

Q.ドキュメンタリー・パートとドラマ・パートという構成が、とても印象的でした
古波津監督 こういうテーマなので、映画もジャンルとか形式にとらわれたくないと思いました。ドラマや大胆な構図のインタビュー、手持ちカメラの密着など、映像スタイルも何でもありですし。それらをミックスしながら一つの物語を立体的に浮き上がらせようと試みました。

Q.真境名ナツキさんは、魅力的ですね
古波津監督 ナツキさんは“ヒューマン”ですからねえ。彼女を通して、私も「個性とは何ぞや」ということを考えさせられました。

Q.濱田龍臣さんの“薫”役も、ナツキさんご本人に負けず劣らずとても魅力的でした。お二人の撮影中のエピソードを教えて頂けますか?
古波津監督 濱田くんは初めてスカート履いた時、ショックを受けてました。直前までテンションマックスだったのに、あまりのスカートの短さに「何も履いてない気分」と沈んでました。最初だけですぐ慣れたようですが。ナツキさんは、お母さんと一緒に撮ったインタビューがとても印象的でした。過去の話がまるで今起きているかのように語られて、映像で見ているかのようでした。ドラマパートは事実に忠実というより、この時私が受けた印象を忠実に映像化しています。

Q.『築城せよ!』『WAYA! 宇宙一のおせっかい大作戦』『聖地へ!』(2011年/123分)……古波津監督の映画は、エクスクラメーション・マークが付く作品が多いですね。何か拘りが?
古波津監督 なんでしょう、勢いですかね(笑)。メールの文章にも結構多いです。

監督は“勢い”などとお茶を濁されたが、タイトルに振られたエクスクラメーション・マークは熟考された結果であるに違いない。
その理由を窺い知ることは出来ないけれど、【!】が齎す効果は存分に味わうことが出来る。
『ハイヒール革命!』を観終わった方なら、痛いほど感じるであろう……高揚感、開放感、そして、胸の奥から湧き立つ活力を。

“好奇の眼”で観てくれて、一向に構わない。いや、誤解を恐れずに言うならば、真境名ナツキを真っ先に知ってほしいのは、『ハイヒール革命!』を一番観てほしいのは、そんな冷やかし半分の人々だ。
真境名ナツキには、そんな鵜の目鷹の目の視線を釘付けにし、差別や偏見を覆してしまう魅力がある。
『ハイヒール革命!』には、性的少数者への啓蒙を促すだけでなく、マイノリティ、マジョリティを問わず元気にするパワーがある。
だからこそ、ひとは言うのだ、「革命!」と。

文 高橋アツシ

『ハイヒール革命!』
©2016「ハイヒール革命!」製作委員会
9月17日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷 シネ・リーブル池袋 他全国順次公開

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