“オーパーツ”発掘さる!『あのひと』レビュー


☆あのひと_メイン★_22012年、中之島図書館(大阪市 北区)で一篇の映画脚本が発見された。調査の結果、1944(昭和19)年に書かれた脚本で、『あのひと』と言うタイトルであった。尚も進む調査の中、専門家の出した見解は驚くべきものだった。
『あのひと』は、大阪生まれの『夫婦善哉』で知られる夭逝の文豪、織田作之助の筆によると言うのだ。しかも、その内容は、坂口安吾らと共に“無頼派”の代表とされる“織田作(オダサク)”による、“戦意高揚映画”だったのだ。

『あのひと』ストーリー:
あのひと_サブ03_034自分の脇の臭いを嗅ぐ妙な癖を持つ、市川禮三(鷲尾直彦)。右膝に名誉の負傷を抱える、稗田文吾(中島ボイル)。口角に泡(あぶく)を溜めてがなり立てる慌て者?な、照井榮治(大野裕之)。人の言うことを鸚鵡のように繰り返す、白崎光二(多井一晃)。4人は帰還軍人で、故部隊長の遺児で7歳の加賀谷昭一(大野秀典)を“小隊長”と呼び、大切に育てるために共同生活をしている。
しかし、彼らには秘めた思いがあった。部隊長が散ったグラマ島の戦場に、飛行機さえあれば……今も日々募る思いは熱い勤労意欲となり、彼らは軍需産業に働きに出る。市川は溶接工に、稗田は石油精製工場に、照井は設計士に、白崎は電信士に、“小隊長”の世話を灸屋の居候で元料理人の古座谷鶴吉(神戸浩)に任せ、「大晦日には戻る」と言い残し家を出る。
あのひと_サブ02★_049その鶴吉も、倅からの軍事郵便を読み一念発起。“小隊長”の世話をお灸屋を営む松井トラ(田畑智子)婆さんに任せ、「大晦日には戻る」と言い残し炭鉱で働くため家を出る。
トラ婆さんはトラ婆さんで、人の具合が悪いと見るや何でもかんでも灸を施すので、盲腸の“小隊長”は危うく生命を落とすところであった。咄嗟の機転で醫者(上西雄大)を呼んだのが縁となり、家には4人の女性が寝泊りし“小隊長”の世話を焼く様になる。近所で自転車に乗れる唯一の女性で郵便配達員、村口一枝(川嶋杏奈)。「押しかけ女房みたい」と笑うのはタイピングもこなす事務員、里村千代(杉山味穂)。弟・晋(相馬圭介)が予科練に合格したため身軽になった御室驛のキップ切り、水原芳枝(彩ほのか)。父・東介(峰蘭太郎)が新京へ転勤する機会に家を出た国民学校の代用教員、新野葉子(上野宝子)。
独身者を見るや見合寫眞を撮ろうとする変な寫眞屋・古川(林基継)が撮った4人の帰還軍人の白黒寫眞を見ながら、トラは聞く。「毎朝毎晩あの寫眞を見て挨拶なさるが、一体どの方を見ていなさるんで?」
小隊長、4人の女性、そしてトラ婆さんは、それぞれの想いを胸に、“あのひと”が帰ってくる大晦日を待ち焦がれている――。

一枝、鶴吉、安吾など織田作之助の家族、知人に因んだ役名が散見されるシナリオは、一読するとホームドラマ風“国策映画”のようだ。
だが、この作品で長編デビューとなる山本一郎監督は、「なぜか怖い」と感じたそうだ。その“怖さ”の正体を確かめるべく、山本監督は敢えてオダサクの脚本をほぼ一字一句変えずに演出したと言う。
こうして、幻の作品『あのひと』が、70年の時を超えて映画化されることになった。昭和19年当時に思いを馳せモノクロ・スタンダードサイズで、しかも厳しいフィルム供給量の戦時統制下を意識して1テイクのみの撮影と言う拘りぶりだ。

何度も登場する【御室驛】は、銀幕の中と観客席、謂わば映画の“彼岸”と“此岸”とを繋ぐ禁門のような存在である。『太秦ライムライト』(監督:落合賢/2014年/104分)と言う傑作に深く係わった【劇団とっても便利】の作品に相応しく、京都に現存する【御室仁和寺駅】がロケ地であろう。因みに、『あのひと』の主な撮影場所である松竹撮影所(京都市 右京区 太秦)にも、御室仁和寺駅は程近い。
太秦で撮影するだけで、映画は異世界……否、異次元に迷い込んだような不可思議な空気を帯びる。私たち現代を生きる映画ファンは、リアルタイムで“異次元の空気”を味わうことが出来る、実に幸運な世代なのかも知れない。

劇団とっても便利と太秦の撮影所の相性の良さが作品全編を優しく包み、織田作之助の脚本に生命を吹き込むだけに留まらず、そんな“異次元の空気”の濃度を倍増させた。これは、山本一郎監督の手腕である。『武士の一分』(監督:山田洋次/2006年/121分)『珈琲時光』(監督:侯孝賢/2003年/103分)など、数々の大作・佳作の制作を担当した山本監督の経験が、『あのひと』で如何なく発揮されているのだ。

あのひと_サブ04★_083太秦の魔力が、劇団とっても便利の怪演が、山本監督の力量が、織田作之助の遺した脚本と激しく化学反応を見せた結果、『あのひと』の本質を浮かび上がらせた。
「あたしの待ってるのは、あの寫眞の中にはいない人なんですよ」
トラ婆さんが安本老人(福本清三)に告げる台詞は、実に象徴的だ。
“国策映画”の脚本に込められた想いを、是非とも劇場で感じて頂きたい。
5月14日からの公開となる なんばパークスシネマ(大阪市 浪速区)で、舞台挨拶が決まっている。5月28日からの名演小劇場(名古屋市 東区)でも、舞台挨拶が予定されている。
山本監督が感じた“怖さ”について、得体の知れない“あのひと”について、鑑賞の大きな一助となろう。
作品冒頭で引用される萩原朔太郎『死なない蛸』よろしく、見えなくても生き残り続けるモノは在るのだ……皇紀2676年になろうとも。

昭和遺跡からの発掘物は、時代錯誤遺物(オーパーツ)であった。
それを、見事に証明した――映画『あのひと』は、そんな作品である。

文 高橋アツシ

『あのひと』
5月14日~ 大阪・なんばパークスシネマ
5月28日~ 東京・ユーロスペース
5月28日~ 名古屋・名演小劇場 ほか全国順次公開
配給:劇団とっても便利
©山本昆虫
http://benri-web.com/anohito/

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