5人の脚本家 5色のキス『×××KISS KISS KISS』レビュー
同棲中の兎雨子(松本若菜)と晴日斗(加藤良輔)は、喧嘩が絶えない。一緒に暮しているのに、お互い遠ざかるばかりだ。今日も兎雨子は勤務先の図書館で朗読会を担当し、晴日斗は飲んだくれた挙句に刹那的な一日を過ごす。二人を繋ぐ「声の儀式」は、絆なのか、隔絶なのか――。
(『儀式』脚本:武田知愛)
故郷を離れて進学した夏男(柿本光太郎)は、帰省の度に幼馴染の成生(安居剣一郎)の仕事を手伝っていた。バイクのタンデム・シートで成生の背中の温もりを抱きしめながら、夏男はひとり密かな恋情に身を焦がしていた――。
(『背後の虚無』脚本:朝西真砂)
長年連れ添い、お互いの終いの別れをゆっくりと意識するようになった、夫・浩一(中丸新将)と妻・綾子(塚田美津代)。綾子が病院の帰りのバス停で出会った女子高生・明里(涼香)が肌身はなさず持っていたのは、古いフィルムカメラだった――。
(『さよならのはじめかた』脚本:中森桃子)
真夜中の路上に一台の車が停まると、乱暴に美玖(荻野友里)が降ろされる。性を売る夜の商売をしている彼女には、トラブルが付き物なのだ。美玖と彼女を追ってきた男・安川(草野康太)は、不思議な少女(海音)に導かれ、夜の川に辿り着くのだが――。
(『いつかの果て果て』脚本:五十嵐愛)
営んでいた金魚屋「TOM」を倒産させてしまい、失意のどん底にいるトムラ(川野直輝)の元に、高校時代の同級生・京子(吉田優華)が転がり込んでくる。憧れの存在だった京子との再会に色めきたつトムラだったが、不意に彼女の秘密を知ってしまう――。
(『初恋』脚本:大倉加津子)
――5人の女性脚本家のシナリオによるオムニバス映画『×××KISS KISS KISS』が話題を呼んでいる。横浜シネマノヴェチェントでは、なんと1年半にも及ぶ異例のロングラン上映が続いているのだ。
『×××KISS KISS KISS』はタイトルの通り「キス」をテーマにした作品で、自身のシナリオの映画化を切望する5人の新人脚本家が立ち上げた創作ユニット『チュープロ』が、映画監督の元へ脚本を持ち込んだことによりスタートしたという異色の制作経緯を持つ。
そして、映像化を委ねた映画監督が、また振るっている。『ストロベリーショートケイクス』『太陽の坐る場所』『無伴奏』の矢崎仁司監督なのだ。
人と人との「間」、空気感を映し出すことに定評のある鬼才・矢崎監督のこと、短編と雖も各シナリオは丁寧に映像化され、それぞれ30分を越える珠玉の掌編作品となった。その結果、上映時間は168分もの大ボリュームとなり、見応え充分の大作に仕上がったのである。
また、矢崎監督の妥協なき拘りは、各シナリオの細かなモチーフにも魂を宿している。
『儀式』では、口笛が効果的に物語を彩る。幼い頃には奏でることが出来た口笛も、遠ざかると吹けなくなって、音を出せなくなってしまう。いとも容易い子供の遊びと考えていたものが、練習しないと出来ない行為であると気付く時、人は寂しさを感じるとともに、失った時間を取り戻そうと足掻く。さて、口笛と同じ所作のキスは、どうなのだろう。しばらく遠ざかると、練習が必要になるのだろうか。
『背後の虚無』では、彼らが乗るバイク「TRIUMPH」に注目だ。TRIUMPHは、単気筒が当たり前だったオートバイに並列2気筒のエンジンを低価格で搭載した名機「スピードツイン」でレースシーンのみならず世界中のファッション界をも席巻した老舗メーカーである。2気筒……文字通り、2本のシリンダー(気筒)で、1本のクランクシャフトを回すのだ。ちなみに、TRIUMPHは「トライアンフ」と発音する。「トリンプ」ではないので、念のため。
『さよならのはじめかた』では、フィルムカメラがキーアイテムである。銀塩フィルムとは、撮影しても現像するまで出来映えが分からないメディアである。人の生き様が死後に評価されるのは、皮肉なことにフィルムカメラに似ている。愛しい人を亡くした者は、一緒に過ごした日々が素晴らしいひと時であったかを、死後の審判に委ねて待っている……謂わば「現像待ち」して過ごしているのかもしれない。
『いつかの果て果て』では、サワガニがメタファーとなっている。脱皮を繰り返して成長し、水陸の両方に棲む蟹は、古くから信仰の対象であった。京都の蟹満寺(かにまんじ)には、「サワガニの恩返し」の伝承が残っている。また、サワガニは身に危険が迫ると、「死んだふり」をする。冥い夜の帷の中、彼らの行為は「死んだふり」なのか、「生きたふり」なのか。深い闇が覆い尽くす世界に、ゆっくりと夜明けが近付く。
『初恋』では、金魚が実に象徴的だ。中国でフナの突然変異種である緋鮒を人工的に交配したことにより固有種となった金魚は、自然界に棲む存在ではない。しかし、綺麗な外見とは裏腹に、実に逞しい。適応水温は広く、水の汚れに強く、餌も藻で事足りる。だが、人間の体温である37℃は、彼らには高すぎる。素手で触る行為は金魚にとって、時として外傷性火傷を惹き起こし、最悪死を齎してしまうのだ。
これらのモチーフが醸し出す細やかなニュアンスは、初稿の段階からシナリオに宿っていたのか……1年にも及んだという本打ちの際に引き出されたものなのか……はたまた、撮影現場で天の啓示があったものであるのか……。
それは是非、矢崎監督ご自身に聞いてみたいと思う。
文:高橋アツシ
『×××KISS KISS KISS』
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名古屋 シアターカフェにて6月17日、18日、24日、25日上映
※17日、18日 矢崎仁司監督による舞台挨拶予定
公募展『×××たくさんのキス』同時開催
『×××KISS KISS KISS』公式サイト
シアターカフェ公式サイト