その胸に野生という名の火を灯せ!『野生のなまはげ』鑑賞記
2016年8月27日(土)22時を過ぎた頃、名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)のレイトショーの座席を埋めた観客は、ただならぬ気配を感じつつ舞台挨拶を待っていた。
なまはげ 悪りぃ子(ご)は居ねぇが~~!?
『野生のなまはげ』(監督:新井健市/2016年/77分)公開初日、登壇したのは……なんと、本物の“なまはげ”だったのだ。
『野生のなまはげ』ストーリー:
秋田県小田半島の山林で、絶滅が危惧されていた野生のなまはげが罠に掛かった。捕獲されたのは体長176cm体重75kgの牡なまはげ(ほりかわひろき)で、研究機関への輸送中からくも脱出し、首都圏に逃走する。
麻生守(中島蓮)は、11歳。澄んだ目をしているイタズラ坊主で、いつも母・みつ子(長宗我部陽子)を困らせている。通知表をもらいたくないがために学校をサボった終業式の日、不法投棄を潜伏中のなまはげに見付かり追い回される。
大学教授・山田(今谷フトシ)、悪徳Pet Shop兄弟(網川凛・金子宏貴)らを巻き込み、守と野生のなまはげの笑いと涙と冒険とリゾートの夏休みが今、始まる――。
――この映画を作られた経緯を教えていただけますか?
新井健市監督 前に映画学校に通っていた頃、短編コメディを撮る時に野生動物と少年の話を考えたんです。長編になりそうだったのでお蔵入りにしてたんですが、10年くらい経って「長編を撮ろうか?」ってなった時に、この話をやろうと思いまして。2014年の話なので、2年前になります。自分は埼玉県生まれで、なまはげとは全く縁(ゆかり)は無いんですが(笑)……自分はずっとコメディを撮ってるので、野生動物に何を持ってきたら面白いかを考えたんですね。そこで、何でなまはげが出てきたのかは、憶えてないんですけど(場内笑)。
――篠原さんは、プロデューサーだけでなく、撮影スタッフとして様々に係わってらっしゃるようですね?
篠原雄介プロデューサー 元々、新井さんが短編を作っている時に僕が技術スタッフで、カメラをいつも回していたんです。前々からタイトルだけは聞いていた『野生のなまはげ』を想像するだに面白そうだということで「是非、長編を撮ろうよ!」って繰り返し言ってた延長線上で、資金やスタッフも足りない状況でしたので僕に出来ることは全部やろう、と……面白いものが出来ると、信じていたので。
――最初は『野生のなまはげ』というタイトルだけの様なところからスタートしたんですか?
新井監督 バスのシーンだけ浮かんでたんですよね。仔犬とかだったら泣けるシーンでも、なまはげだったら……面白くないですか(場内笑)?あと最初からイメージがあったのは、お母さんに「捨ててきなさい!」って言われるところです(場内大笑)。
篠原プロデューサー 最初聞いたアイデアがあって、そこに到達するにはどういうストーリーになれば良いのか……プロットを相談しながら、新井さんに書いてもらった脚本に僕が助言するという遣り取りを半年くらいやりました。
――ほりかわさんは、どの辺りから作品に係わられたんですか?
なまはげ(ほりかわひろき) 脚本も最初の段階で見させてもらってて、「何か演れる役があったら、お願いします」って言ってたら……なまはげが来ました(場内大笑)。なまはげなんで顔が出ないから、演りたいって言う人は余りいないんでしょうけど、新井さんの作品なんで(笑)。凄く大変なことも色々ありましたけど、演って良かったと思います。
――台詞が一つしか無いので、難しかったのでは?
なまはげ(ほりかわ) 新井さんからは、言い方のダメ出しが結構ありましたよね。
新井監督 “わりい”って言ってるのに、“わるい”に聞こえるんですよ。“る”が“り”になってない気がして、何回かやってもらいました。
――登場人物には、裏設定も存在するとか?
新井監督 教授(今谷フトシ)は文武両道のスーパーマン的な感じなんですけど(場内笑)、作品で出てきた巻物の高僧の子孫っていう設定です。それで、何か神通力もあり、とにかく強いという(笑)。
――遠い所まで行かれたり、撮影は大変だったのでは?
新井監督 最初は秋田で撮りたいと思ってたんですけど……“野生のなまはげ”ってところが駄目だったみたいで協力していただけなかったんです(場内笑)。どうしようかと考えて、伝があって東京から近い小田原でやろうと……山もあって、海もあって、街もあるので。ほとんど小田原で撮ったんですけど、一部、関東近郊至る所に行きました……崖とか(笑)。
なまはげ 真夏だったんで、暑かったです。走るシーンが一番大変でした……1日で終わらず、何日かやってるんです。
新井監督 上手い具合に転んでくれなかったので……
なまはげ いやいや、日が落ちたりしてたじゃないですか(笑)!観ていただいたと思うんですけど……感動するシーンですからね、あそこは(場内笑)。
新井監督 ……笑いのシーンですよ(場内爆笑)?
大盛り上がりの舞台挨拶の後、名古屋シネマテークのロビーではサイン会が行われた。
ほりかわさんは「子供たちの夢が壊れるので」と言って、なまはげの装束を最後まで解くことはなかった。22時をとうに回った夜更け、劇場に残る“悪りぃ子”など一人もいなかったのであるが。
新井監督は、大勢のファンの前で笑顔を絶やさずサインをし続けた。拘り抜いたコメディで撮った初の長編映画への感想が熱い口調で届けられ、感慨無量の様子であった。
篠原プロデューサーは、インディーズ映画界で長編コメディを公開することが如何に大変かを痛感したと言う。だが、そんな“蕀の道”を如何に歩み続けるかという方法論を、これからも模索していくと言った。
佐久アムシネマ(長野県 佐久市)、ポレポレいわき(福島県いわき市)、小田原コロナシネマワールド(神奈川県小田原市)、シネ・ウィンド(新潟市 中央区)……
今後も全国を回る守と野生のなまはげの夏休みは、まだまだ終わらない。
悪い子は、居ないか?
取材 高橋アツシ