幻想の旅を彩る ひと夜の花『ひと夏のファンタジア』鑑賞記
2016年7月2日(土)、シネマスコーレ(名古屋市 中村区)は、梅雨の晴れ間の酷暑の中、大勢の映画ファンが沿道まで人だかりを作った。“第二のホン・サンス”の異名を取るチャン・ゴンジェ監督待望の最新作『ひと夏のファンタジア』が、この日東海地区の封切を迎えたのだ。『つむじ風』(2009年/95分)『眠れぬ夜』(2011年/65分)と、長編デビュー以来国内外の映画祭で喝采を浴び続けている“韓国インディーズ界の雄”チャン監督の長編第3作『ひと夏のファンタジア』は、河瀬直美(『殯の森』2007年/97分『朱花の月』2011年/91分『あん』2015年/113分)がプロデュースを手がけた日韓合作の意欲作である。
韓国だけでなく日本でも異例のヒット作となっている『ひと夏のファンタジア』はただでさえ注目されているというのに、上映初日は海を越えてチャン・ゴンジェ監督と主演キム・セビョクが、そして国内組も主演の岩瀬亮が舞台挨拶に立つと言う。これは、映画ファンが足を運ばない訳がない。
『ひと夏のファンタジア』ストーリー:
【第1章】韓国の映画監督キム・テフン(イム・ヒョングク)と助手兼通訳のミジョン(キム・セビョク)は、シナハン(シナリオ・ハンティング)で奈良県五條市にやってきた。市役所の観光課職員・武田(岩瀬亮)の案内によって古都の様々な風景に触れたテフンは、花火の夜に夢を見る――。
【第2章】韓国から五條市へやってきたヘジョン(キム・セビョク:二役)は、観光案内所で友助(岩瀬亮:二役)と出会う。柿農家を営む友助に対して、ヘジョンも何らかの“作り手”であることを仄めかす。いつしか互いに惹かれあうヘジョンと友助に、花火の夜が訪れる――。
――岩瀬さん、その脚は撮影中にお怪我を?(司会進行:シネマスコーレ木全純治支配人)
岩瀬亮 いえ、プライベートで……何の言い訳もできない、酷い怪我です。そうは見えないかも知れませんが、ほぼもう治りかけです。
そう言って苦笑いを浮かべる岩瀬は、脚の怪我を押して松葉杖で登壇した。
――『ひと夏のファンタジア』を撮るまでの経緯を教えてください
チャン・ゴンジェ監督 私の前作『眠れぬ夜』が【なら国際映画祭】で上映された関係で、映画制作のプロジェクトに参加することになりました。河瀬直美監督がプロデューサーなんですが、私自身も共同プロデューサーとして係わっております。
――どうして二部構成にされたんですか?
チャン監督 【第1章】は元々具体的なアイデアがあったんですけど、【第2章】は全くアイデアが無い状態で映画を撮影しました。【第1章】に詰まっているキム監督の話が自分のロケハンしている時の状況でして、キム監督が【第2章】の映画を撮ったとご覧いただければ良いかと思います。【第1章】が映画を作っていく過程を撮ったとしたら、【第2章】はその成果として考えていただければ。
――主演のお二人を選ばれた理由を教えてください
チャン監督 岩瀬亮さんについては、元々知っている友達でした。以前、全州(チョンジュ)映画祭で仲良くなり、この映画にキャスティングすることになりました。キム・セビョクさんに関しては、日本語が出来る女優さんを探していたところ、知り合いの監督から紹介されてキャスティングに至りました。ご覧いただいた通り、二人とも映画の中では一人二役を演じております。
――監督の演出は、如何でしたか?
岩瀬 【第1章】と【第2章】で違う部分があって、【第1章】は先ほど監督も仰ったように確りとした脚本があったので、それを元に撮影していきました。【第2章】に関しましては、所謂インプロ(Improvisation=即興)みたいな感じで、台詞はほとんど決まってない中で、どのように撮るか俳優と相談してくださり、スタッフさんともミーティングをする時間を多く取っていただいたと思います。編集では端折られてるんですけど、一つのカットが20分とか30分とか撮り続けるようなことも良くありました。
――監督は、どんな人でしたか?
キム・セビョク 自分の目で見たもの、人や風景をじっと見詰める目を持っていらっしゃると思います。しかも、嘘のない目です。それを映画の中に込めようとされている、自分を隠すことのない方だと思います。
――劇中「一生懸命やれば良いと思っていたけれど、それは難しい」というような台詞が印象的でした。そんな悩みは、抜けられましたか?(観客からの質問)
チャン監督 基本的に、一生懸命やることが大事だといつも思ってます。上手く行かないこともあるんですけれど、取り敢えず全力を尽くすことが重要なことだと思っています。でも、一生懸命やることも重要ですけれど、それに縛られないことも必要だという思いも、映画に込めました。夢に縛られないことも、重要だということです。
――チャン監督はホン・サンス監督に例えられることが多いですが、意識していることはありますか?(観客)
チャン監督 面白い質問をして頂いて、ありがとうございます(笑)。韓国で映画業界に携わる人間として、ホン・サンス監督を嫌いな人はほとんど居ないと思います。私もホン・サンス監督の映画は全部観ていまして、好きな映画も沢山あります。ホン・サンス監督作品は、監督自身が出演する、お酒を飲むシーンがある、台詞が長い、等の特徴がありまして、そういう部分で似ていると言われたこともあります。でも、私としては全く違うタイプの映画だと考えております。
――とても叙情的な作品で、凄く好きです。カメラアングルも、とてもしっくり来ました(観客)
チャン監督 撮影監督が藤井(昌之)さんと仰る日本の方でして、最初はストーリーコンテも無く、直感的に撮っていきました。最初はぎこちない関係だったんですけど、撮っていく内に息が合ってきた撮影監督とのコミュニケーションで撮れた画だと思います。
――今後の予定を聞かせてください
岩瀬 僕は今ちょうど公開中の真利子哲也監督の『ディストラクション・ベイビーズ』に出演しております。あと、この映画が切っ掛けで韓国の映画『最悪の一日』(『Worst Woman』監督:キム・ジョングァン)に出させていただくことになりまして、先日モスクワ映画祭(第38回モスクワ国際映画祭)で国際批評家連盟賞を獲れたということです(場内拍手)。韓国では8月に公開が決まってるんですけど、日本ではまだ未定のようです。
キム この映画の後、色々映画の撮影をしました。近いところでは、9月に韓国で『コッキワン』という映画が公開されます。日本で公開されるかはまだ分からないんですけれど、機会があれば観ていただければと思います。
チャン監督 いつ撮れるかは分かりませんが、私も新作を準備中です。シネマスコーレは由緒ある劇場だと聞いておりますので、この映画が上映できて本当に光栄です。上映に尽力して頂いた関係者の方に御礼を申し上げます。ありがとうございます。
シネマスコーレでの『ひと夏のファンタジア』の公開は、7月8日まで連日15:40からの上映となっている。
東京ではユーロスペース(渋谷区 円山町)で7月15日まで、大阪ではシネ・ヌーヴォ(大阪市 西区)で7月29日まで(7月8日は休映)。また、横浜では横浜シネマリン(横浜市 中区)で7月9日から、北関東ではシネマテークたかさき(群馬県 高崎市)で8月に、公開が決定している。
近くて遠い隣国の人々の心が、近くて遠い日本の現代と原風景が、触れ合い、解け合い、分かち合う――繊細で、濃密な96分間の幻想旅行を、是非とも劇場で体験してほしい。
取材 高橋アツシ