『ひそひそ星』『園子温という生きもの』同時公開 レビュー


IMG_20160429_164216畳敷きの床に粋な金具をあしらった和箪笥、手狭な流し台では捩子式の手が付いた昔ながらの蛇口が水を滴らせている。
文化住宅の一室のようであるが、宇宙船【レンタルナンバーZ】の内部である。レンタルナンバーZは、内部だけでなく外観も一風変わっている。例えるなら、宮大工――この時代に職業として残っているならば――が設計したかのようなデザインだ。
「3 エムサークス 4 エスナークス」
男女の判別も難しい性徴前特有の声色が、部屋の中に響く。子供の声にしか聞こえないが、発しているのは船のメインコンピュータ【きかい 6・7・マ-M】である。
レンタルナンバーZの意匠に合わせてか、6・7・マ-Mもまた懐古趣味に溢れたデザインだ。真空管ラジオや、黎明期の立体音響(ステレオ)を思わせる。
『ひそひそ星』sub_2質素な部屋着を身に着けた鈴木洋子(神楽坂恵)は、燐寸で焜炉に火を点す。好奇心もあり、煙草も嗜む、魅力的な女性の洋子だが、実はアンドロイド【マシンナンバー722】である。
洋子は、宇宙宅配便の配達員を生業としている。長い移動時間に日記を付けるのが日課であるが、オープンリールのテープレコーダーで残す辺り、ナンバー722もまたレトロ趣味のアンドロイドだ。
6・7・マ-Mも洋子も、“ひそひそ声”で話す。後に訪れる、30デシベル以上の音を立てると死ぬと言う人間ばかりが暮らす【ひそひそ星】の習慣を、常日頃から予行演習しているかのように。
「距離と時間に対する憧れは……クシュン……人間にとって心臓のときめきのようなものだろう」

『ひそひそ星』sub_1【東京ガガガ】のパフォーマンスで90年代を席捲した“詩人・園子温”の詩作は、“非詩性(アンチ・ポエム)”に行き着いたのかも知れない――“ひそひそ声”は、その象徴とも穿推できる。それは、中井英夫が“反推理小説(アンチ・ミステリ)”に行き着いた『虚無への供物』に近しい作家性とも見て取れる。
ある種の自己否定は、芸術家にとっては“創作の解放”と同義なのかも知れない。『ひそひそ星』のシナリオ、絵コンテを書き始めたのは、1990年頃だったそうで、これは【東京ガガガ】の活動期間と合致する。創造主(創作者とは、それに他ならない)にとって、破壊と創造は同じプロセスの表裏に過ぎないのだ。

そんな“芸術家・園子温”の一面は、同時期に封切となるドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』で堪能できる。
高額なカンバスを乱暴に消費する園は、逆説的に“いま”と言う時間の途轍もない価値を表して見せる。額に汗して働こうとも、ビール缶片手に怠惰に過ごそうとも、薄い毛布で震えて眠ろうとも、愛しい人に甘い言葉を囁こうとも、寿命と言う名の時間を削って生きていると言う一点に於いて、人間は平等である。二度と取り戻せない刹那と、掛け換えられるモノなど存在しないのだ。
ならば、費やした時間に等しい価値のモノは到底生み出せないまでも、せめて近付きたい。全ての芸術家は、そう思う。芸術家とは、“時間の価値”などと言う測り知れない高みを目指して、死の上昇を続けるイカロスなのだ。
そして、鑑賞した人の時間を、せめて有意義な一時にしたい。全ての表現者は、そう願う。表現者とは、“作品の完成”などと言う有りもしないゴールを目指して、死の疾走を続けるメロスなのだ。
「園子温という生きもの」main“芸術家・園子温”に迫ったのは、まさに大島新監督が園と共に過ごした1年と言う“価値のある時間”の賜物であろう。“被写体・園”との距離感は、時折画面に映る大島監督自身の佇まいが雄弁に語る。
『園子温という生きもの』というドキュメンタリーは、“芸術家・園子温”を追っていく内、様々な“園子温像”に辿り着く。
妻・園いずみ(神楽坂恵)のインタビューの中に、『ひそひそ星』ロケ地・福島での撮影の最中に、“人間・園子温”が度々顔を出す。
染谷将太の、二階堂ふみのインタビューで、【RevolutionQ】のヴォーカルとして、“表現者・園子温”が時おり顔を覗かせる。

2本の映画は、表裏一体の存在なのかも知れない。
『ひそひそ星』は、“映画人・園子温”から“詩人・園子温”を、そして“芸術家・園子温”を抽出して見せる。
『園子温という生きもの』は、“芸術家・園子温”から“人間・園子温”を、そして“表現者・園子温”を抽出して見せる。
そして、また映画と言う広大な宇宙に還りつくのだ。“宇宙ガメ”の背の上で、世界は今日も廻り続ける。

文 高橋アツシ

『ひそひそ星』
5月14日(土) 新宿シネマカリテ、名古屋シネマテーク他にて、全国ロードショー
配給:日活
© SION PRODUCTION
http://hisohisoboshi.jp/

『園子温という生きもの』
5月14日(土) 新宿シネマカリテ、名古屋シネマテーク他にてロードショー
配給:日活
©2016「園子温という生きもの」製作委員会
http://sonosion-ikimono.jp/

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