“生命”につける名前 『犬に名前をつける日』レビュー


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現在の日本の法律では、飼い主のいない犬や猫は、処分の対象である。
そんな事実を、私たちはニュースで、そして多くの表現者の手による作品で識っている。
劇映画では、『ひまわりと子犬の7日間』(監督:平松恵美子/2013年/117分)と言う作品があった。この映画は殺処分の現場での“親子愛”に焦点を当て、生命の大切さを観る者に考えさせてくれた。
また、『OROKA』(監督:YORIYASU/2010年/15分)と言うアニメーション映画があった。短編とは言え……否、短編であるからこそ表現できたそのメタファーに満ちた作品世界に筆者は衝撃を受け、エンディング・テーマで声を上げて泣いた。
そして、監督自らナレーターを務め“いのちの現場”を克明にドキュメントした『犬と猫と人間と』(監督:飯田基晴/2009年/118分)は、続編『犬と猫と人間と2 動物たちの大震災』(監督:宍戸大裕/2013年/104分)も作られる好評価を得た。

だが、引き取り手が現れないまま動物愛護センターで殺処分される動物は、今も年間161,847頭(犬:38,447頭・猫:123,400頭 2012年実績)に及ぶと言う。
私たちは、知識はあっても如何していいのか分からないでいるのだ。
10月31日から全国ロードショーが始まる『犬に名前をつける日』は、そんな現状を“如何したらいいのか?”と作品自らが考える、異色の“ドキュメンタリードラマ”である。

愛犬・ナツを病気で亡くし傷心の日々を送るテレビディレクター・久野かなみ(小林聡美)は、尊敬する大先輩・渋谷昶子監督に「犬の映画を撮れ」と勧められる。覚悟を決めた久野は、“今まで一番行きたくないと思っていた場所”に足を踏み入れる。そこは、千葉県動物愛護センター。飼い主のいない犬や猫が保護され、一定期間で引き取り手が現れない場合は殺処分する施設である。飼い主の見付からない犬たちの過酷な状況に絶句する久野は、取材を進めるうちに様々な人たちと出会う。
動物愛護団体『ちばわん』副代表の吉田美枝子さんは、本業の傍ら毎週愛護センターを訪れ、犬や猫を保護しつつ里親を探している。預かりボランティアの新見江利さんは、引き取る予定の犬の突然の出産にも、全く動じない。殺処分を免れた一頭の犬は、預かりボランティア柳沢裕子さんの家で“青(せい)”と言う名前をもらう。『ちばわん』が救った生命は、10年間で4,000近いと言う。
広島を本拠地とするNPO団体『犬猫みなしご救援隊』は、殺処分対象の犬と猫全部を引き受けている。そのため、広島市は今や殺処分ゼロで、処分機の使用を廃止している。東日本大震災の直後、代表・中谷百里さん、副代表・田原好巳さんらは、福島第一原発20km圏内から1,200頭の犬猫を救い出した。『ちばわん』代表の扇田佳代さんの協力で、ベビーラッシュ対策を施す。

『犬に名前をつける日』が作られたきっかけは、愛犬ゴールデンレトリバーを重い病気で亡くした山田あかね監督が先輩である渋谷昶子監督に促され“犬の命”をテーマにした映画を撮ろうとしたことだったと言う。そう、まさに劇中の久野監督のエピソードそのものなのだ。
そんな久野かなみを演じるのは、山田監督のドキュメンタリー作品で、福島から救い出された一頭の犬“むっちゃん”の声を当てた、小林聡美である。
小林は、実際に保護施設に行き、なんと台本も無しで取材風景を演じたのだと言う。山田監督の取材を再現するのではなく、追体験することによって表現したのである。これにより、『犬に名前をつける日』は、ドキュメンタリーでもなく、再現フィルムでもない、“新たな表現方法”を手にするに至った。
観者は、あたかも“久野かなみ監督作品”のドキュメンタリーを観ているかのような錯覚に陥る。山田あかね監督が渋谷昶子監督に促されて犬の映画を撮ったのと同様に、小林聡美が山田監督に促されて『犬に名前をつける日』を撮ったのではないかと勘ぐってしまいそうになるほどだ。

小林聡美の他にも役者は登場するのだが、青山美郷などは取材対象者なのか演者なのか分からないほどナチュラルに登場人物と同化している。
そして、前田勇祐役の上川隆也が素晴らしい。久野の背中を優しく、力強く押す難役を事も無げに演じ切っていて、物語を後半へと誘う最高のアクセントとなっている。
前田の助言によって久野は一歩を踏み出し、映画はただの問題提起に留まらず、“如何したらいいのか?”を模索し始める。この時カメラマンである前田が練習している最新技術が後ほど画面を飾る演出も、実に気が利いている。

斯くして『犬に名前をつける日』は、“新たな表現方法”で“如何したらいいのか?”を自問する、唯一無二の映画となった。

犬や猫を愛する人、ペットが家族の一員と言う方に、諸手を挙げてお薦めしたい。
ドラマ、ドキュメンタリーを問わず、映画を愛する方に、“新たな表現方法”に浸ってほしい。
そして、“生命”を愛する全ての人に、“名前をつける”ことの意味を噛みしめていただきたい。

汲み取り、咀嚼し、行動する――山田あかね監督と、小林聡美にしか到達し得なかった、“進化した映画文法”が、この作品には確りと息づいている。

文 高橋アツシ

『犬に名前をつける日』公式サイト
©スモールホープベイプロダクション

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