清々しい敗北感 後を引く不安感 『ピエロがお前を嘲笑う』レビュー


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――清々しい敗北感 後を引く不安感―― 『ピエロがお前を嘲笑う』レビュー

映画には、“マインドファック・ムービー”なるジャンルがある。
いや、厳密に言うならジャンルと呼べるほどの明確な定義は存在しない。ある映画ファンは、現実と妄想の境界を判別できない混沌とした作品を“マインドファック・ムービー”と呼ぶし、またある人は、驚愕のどんでん返しが用意されている映画を“マインドファック・ムービー”と呼ぶ。実に解釈の緩い括りであるが、そこに敢えて共通点を見出すとすれば、“観客の想像を超える価値観の転回が内包された作品”と言ったところだろうか。そもそも“マインドファック”とは、“人を自由自在に操る”“意識を蹂躙する”と言った意味だ。
なので、作品を紹介する上で「この映画は、マインドファック・ムービーである」と紹介するのは、甚だ危険な行為である。ネタバレを気にしないのであれば良いが、的確すぎる推薦文は作品の核心に至る大いなる魅力を削ぐことに直結する。ミステリーを人に薦める時に「この小説は、倒叙モノの傑作だよ!」などと言えば、犯人をバラす愚行に等しい。

前置きが長くなったが、そんな訳で自らを“マインドファック・ムービー”と称して世に出る映画作品は、自ずと荊の道を歩むこととなる。観客は“驚愕の結末”を最初から見越して観に来るし、「騙されまい」と心に誓ってスクリーンを眺める。彼らを満足させるには、実に高いハードルが立ちはだかると言わざるを得ない。
そんな映画が、間もなく公開となる。9月12日(土)より全国ロードショーが始まる『ピエロがお前を嘲笑う』である。昨年ドイツで大ヒットを記録し、バラン・ボー・オダー監督は米バラエティ誌で“世界で注目すべき監督10人”に選出された。

『ピエロがお前を嘲笑う』Story:

国際指名手配中の駆け出しハッカー・ベンヤミン(トム・シリング)が、ユーロポール(欧州刑事警察機構)に出頭した。

学校でもバイト先でも冴えないベンヤミンは“透明人間”も同然で、想いを寄せるマリ(ハンナー・ヘルツシュプルンク)ともまともにコミニュケーションが取れない。しかも、マリのために試験問題を盗みだそうとして逮捕されてしまう。だが、温情判決に近い社会奉仕活動を命じられ、野心家のマックス(エリアス・ムバレク)と知り合ったことから、ベンヤミンの生活は一変する。マックスの友人たちを交えた4人でハッカー集団“CLAY(クレイ)”を結成したベンヤミン達は、手当たり次第ハッキングを仕掛け、世間を混乱させ注目を集める。しかし、ベンヤミンの仕掛けた不用意なハッキングがきっかけで殺人事件が発生、ユーロポールに追われ、サイバーマフィアに命を狙われることになってしまったのだ。

ベンヤミンの供述に、捜査官たちの思惑が複雑に絡む。辿り着くのは、真実なのか。それとも――。

【この映画のトリックは100%見破れない】と豪語する映画に、ことごとく観客の心は蹂躙されてしまうだろう。106分を観終わった後に残るのは、「やられた!」と崩れ落ちる半ば清々しい敗北感だ。
そんな“やられた感”で胸を満たす観客だが、やがてそこはかとない不安感に苛まれていることに否応なく気付いてしまう。「まだ騙されているのではないか?」と言う自問自答が付き纏い続ける。『ピエロがお前を嘲笑う』の凄みは、そこにある。各社争奪戦の末にハリウッドリメイクが決定したのは、伊達ではないのだ。

「Who am I ?」
ベンヤミンの、マックスの、マリの、ハンネ(トリーヌ・ディルホム)の問い掛けに、確りと答えられる者はいるのだろうか……?
“安全なシステムは存在しない”ことを気付いてしまった観客に、もはや安住の地はないのかも知れない。
……恐ろしい映画に、出会ってしまった。

文 高橋アツシ

『ピエロがお前を嘲笑う』
9月12日(土)より新宿武蔵野館ほか全国ロードショー
配給・宣伝:ファントム・フィルム
© Wiedemann & Berg Film GmbH & Co. KG, SevenPictures Film GmbH 2014; Deutsche Columbia Pictures Filmproduktion GmbH
『ピエロがお前を嘲笑う』公式サイト

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