省み、足掻き、踏み出す 『お盆の弟』鑑賞記


省み、足掻き、踏み出す ――『お盆の弟』鑑賞記――

大崎 章と言う映画人がいる。1991年の『無能の人』(監督:竹中直人/107分)『あの夏、いちばん静かな海。』(監督:北野 武/101分)を皮切りに数多くの作品を助監督として支え、初監督を務めた『キャッチボール屋』(主演:大森南朋/105分)が第18回(2005年)東京国際映画祭【日本映画・ある視点】部門に出品され、同作品で日本映画批評家大賞新人監督賞を受賞した。

そんな大崎 章監督第二作が、2015年8月8日より名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)で初日を迎えた。作品名は、『お盆の弟』。タイトルからして実にタイムリーな封切日、大崎 章監督が舞台挨拶に立った。

『お盆の弟』Story:
渡邉タカシ(渋川清彦)は売れない映画監督。現在は妻子と別居中。ガンで入院していた兄マサル(光石 研)の看病という口実のもと実家に舞い戻っていた。日課は地元の神社にお参りすることと、主婦のように買い物をし、兄のために夕飯を作ること。そして、これまた売れないシナリオライターで地元の悪友・藤村(岡田浩暉)の焼きまんじゅう屋で起死回生のシナリオ作りをする毎日。新作映画の企画が成立すれば、妻(渡辺真起子)とヨリが戻せると信じているのだ。だが藤村にはどうにも本気感が見られない。どうやら新しく出来た彼女に夢中らしい。

ある日、藤村がタカシに女の人を紹介したいと言ってくる。紹介された涼子(河井青葉)は、なかなかの美人で性格も良さそうだ。涼子のような女性と兄が付き合ってくれたらどんなに安心かと考えたタカシは、頻繁に会うようになる。ところが涼子はタカシに対し本気になっている様子…。

そんなとき、別居中の妻から離婚したいとの申し出を受ける。焦ったタカシは何とか妻の気持ちをつなぎとめようと映画の企画に必死になるがうまくいかず、それどころか涼子の前で酔っ払ってついポロっと独身ではないことを言ってしまう。

タカシに幸せは訪れるのか……。

_1080988

――『キャッチボール屋』からこの作品に至るまでの経緯などをお聞かせ願えれば(司会進行:名古屋シネマテーク支配人 平野勇治)
「『キャッチボール屋』と言う映画は、2005年に大森南朋主演で撮らせてもらった僕のデビュー作でした。その後、『百円の恋』(監督:武 正晴/2014年/113分)の足立 紳(脚本)とずっと色々企画を練ったりするんですけど、大きな依頼が頓挫して、僕と足立くんは全く仕事がなくなって……この映画で描いてるような状況になったんです(笑)。一緒にどうしようかと相談している時に、たまたま僕がお盆で群馬に兄と二人で帰った時の話を足立にしたんです。親戚廻り3軒した時、お蕎麦を取ってくれるって言ったのに、全然蕎麦が出てこなくて西瓜ばっかり出てきたりとか(笑)。そんな話を聞いた足立くんが、「大崎さん、それ面白いからプロット書きませんか?」って言ったのが始まりですね。最初は兄弟の話だったんですけど、足立が味付けをして、売れない映画監督って言うことを主題にして台本を書いてくれたのが2007年です。でも、営業が上手く行かなくて時間が経った2012年か2013年の早朝5時半くらいに、足立から「どうなってます?大崎さんが撮れないんだったら、僕が撮ります!」って言う電話が掛かってきて、自主映画でも何でも良いからとお金集めを始めたんです。助監督時代は割りと良い作品ばかりやっていたんで、僕は自主映画もお金集めもやったことなかったんですけど、友達とかに色々電話して……。それで、2014年にようやく撮影に漕ぎつけた感じです」

――舞台は、基本的に群馬県の高崎なんですか?
「台詞でも言ってますが玉村って言う町で、僕はそこで18歳まで生まれ育ったんです。高崎は隣町なんですよ。主な撮影現場は玉村と高崎なんですけれど、僕にとっては故郷なんで思い入れはありますし……エンドロールで邦画のローバジェットで見たことないくらい一杯の字幕が出てきたと思うんですけど、あれ皆んな協力者なんで、地元の方々の協力があって、この映画は成立したと言うことです」

――最初から地元で撮るつもりで?
「最初のプロットの段階では、僕が今マンションで兄と二人暮らししてる横浜だったんです。プロデューサーの狩野(善則:エグゼクティブプロデューサー)さんが群馬映画にしたいと言う意向がありまして、だったら自分の町でやってしまおうと決意して……それが凄く良かったんですね。協力も協賛も一杯集まりましたが、それは全部地元の方々からだったんです」

――思い入れのある場所で撮ったりもしたんですか?
「まず、神社ですね。子供の頃、春と秋の祭には必ず行ってました。あと、焼きまんじゅう屋です。僕の生家は、あの焼きまんじゅう屋の隣だったんです。それから、川原だったり……とにかく、殆ど全部思い出の場所ですね」

――作品に出てくる店が、その焼きまんじゅう屋さんなんですか?
「そうなんですよ。僕が子供の時に出来たんですけど。改装して、結構盛ってるんですよね(笑)」
_1080987

――キャスティングは、どのように決められたんですか?
「基本はさっき言った狩野プロデューサーが群馬映画にしたいって言うことで、主演の渋川清彦さんは渋川市、相手役の岡田浩暉さんは太田市出身と、群馬なんですね。あと、若い監督役の伊藤(毅)さんとか、妹役の柳田(衣里佳)さんも群馬です。渡辺真起子さんとは、僕が諏訪(敦彦)組からずっとの付き合いなんで、渡辺さんしか居ないと僕の方からお願いしました。光石(研)さんも『キャッチボール屋』から一緒にやってますんで。基本的には足立のホンが良かったんで、それで皆OKしてくれたと思っています」

――脚本のお話が出ましたが、映画の冒頭の会話で、相当自伝的な映画かなと思いましたが
「映画のタイトルが台詞に出てきますが、あそこは(クランク)イン直前まで違う名前にしてたんですけど、足立が「大崎さん、これ『キャッチボール』にしません?」って言うもんで(笑)。「そこまでやっちゃって良いのかな?」って言ったんですが、「もう、良いんじゃないですか?」と言われて、僕もそれで良いと思いました」

――それ以外でも監督ご自身の事と重なってる部分は多いんですか?
「色々あるんですけど、一番大きいのは、兄が大腸ガンで料理を作ってるって言うのは僕の10年前の経験そのものです。僕は半年間くらい毎日兄の為に料理を作っていました。離婚危機のことは、どっちかって言うと足立くんの方ですね。あと、若い監督が売れているとか、声を掛けられて「凄いわね」って言われるとか、そう言うのは皆実話です。それから、プロデューサーが中々ホンを読んでくれないとか、あの辺も全部僕の経験ですね(場内笑)」

――(笑)。プロデューサー役、田中要次さんでしたね
「田中要次は、凄いんですよ。『無能の人』って言う竹中(直人)さんの映画で僕は助監督のセカンドだったんですけど、田中要次は照明部の助手で安河内(央之)さんに付いてて、まだ芝居ほとんどやってなくて。でも、田中要次は「芝居をやりたいんだ」って言ってて、ワンシーンだけエキストラで出てるんですよ。その後ですよね、凄く売れ出したのは。その頃からの付き合いなんで、一緒に仕事をするのは久しぶりでしたけど、快く演っていただきました」

――渋川さんとは初めてなんですか?
「そうなんですよ。演ってるのを見ても、全然悪いところが無かったですね。それだけ脚本と言うかこの世界に嵌まってくれたなと思いました。素晴らしかったです。撮影は去年の8月だったんですけど、『お盆』のインの2日前まで石井岳龍さんの『ソレダケ』(『ソレダケ/that’s it』/110分)の撮影をやってたんですよ。凄いですよ……石井組をやりながら、こっちの台詞を憶えてたらしいです」

――この作品の渋川さんは、イメージが違いますよね
「よく言われますね。“渋川さんの新境地”って言ったらアレなんですけど。スタイリッシュな不良とか多いんですが、ご本人はこう言う少し真面目で少しコメディって言う役を演りたかったって言ってくれたんで、それが嵌まったかなって僕は思ってます」

――河井青葉さんも監督が選ばれたんですか?
「狩野プロデューサーです。まず一つは、美人だと言うことで(笑)。ただ、芝居も凄く良くて。ちょっと惚れ惚れするみたいな……本当に良かったですね。そう、役者さん一人一人、皆とっても良いんです。そのアンサンブルが自分としては上手く行ってるんじゃないかと思ってます」
_1080967

――モノクロ映画にしたのは、何故なんですか?
「ロケハンをやってる内に撮影の猪本(雅三)さんが「この映画モノクロにしたい」って言い出したんで、僕は凄く吃驚したんですが……スタッフに色々相談したら「良いんじゃないか」ってなったんです。理由は幾つかあるんですけど、モノクロにするとキャラクターが惹き立つんですよね。それと、話がちょっと緩和されることもあって。モノクロにしたから旧い映画の良さを惹き立てようとか、そう言う意思は全くなかったんですよ。モノクロにすると情報量が少ないですよね、逆にそれが良い効果を生むってこともあるかと思ったんです」

――陰影も印象的でした。渡辺真起子さんと路上で会話するシーンの渋川さんの表情とか、影の部分とか

「あそこの顔が異様に黒いって言うのを、監督の山下(敦弘)くんが言ってました。漫画でゾーッとしてる場面くらい黒い顔をしてるって(笑)。あれ、芝居もそうなんだけど、よく黒い顔に撮ってくれましたよね、猪本さん」

――お兄さんの家って言うのは、ロケセットなんですか?
「玉村町の、一番立派な家です。町役場の人と一緒に挨拶に行って、いきなり「貸してくれ」って言ったら、何か分からないんですがOK出してくれちゃったんですよね。そこに住んでるのが渡邉さんだったので、役名を“渡邉”にしたのは表札とかをそのまま使えるからなんです。あんまり写ってないんですけど、部屋の中に賞状が一杯あるじゃないですか。あれ、全部“渡邉”です(笑)。飾りとかにトラックで行くじゃないですか、凄い吃驚してましたね……「こんなに人が来るのか!?」って。でも、快く最後まで協力していただけました」

――お兄さんは音楽好きって設定でしたが
「それは僕の実の兄がクラシック好きなんで、そのまま貰いました」

――光石さんが上手にピアノを弾いてましたね
「あれは、練習していただきました。一ヶ月くらい前から「どのくらい弾ければいいんだ?」って聞かれたんで、普通に弾けるようってリクエストしたら、終わった後「『○○』(劇中で弾いた曲)は、凄くよく弾けるようになった!」って自慢してましたね(笑)」

大崎監督が起こしたプロットに、足立氏が命を込めた脚本は、猪本氏がモノクロームの魔法を施し、優しい優しい映画となった。
タカシが、マサルが、藤村が……間違い、迷い、不貞腐れる。
裕子が、涼子が、紀美子(後藤ユウミ)が……振り返り、悩み、奮い立つ。
『お盆の弟』は、“再出発”の映画である。大崎監督にとっても、登場人物たちにとっても、そして、観る者にとっても。
過去を省み、現在に足掻き、未来へ踏み出す。お盆に相応しい映画が、恰度いい時期に上映される――2015年は、酷暑だが好い夏だ。

取材:高橋アツシ

『お盆の弟』公式サイト
名古屋シネマテーク公式サイト

記事が気に入ったらいいね !
最新情報をお届け!

最新情報をTwitter で