玉手箱とか言う、喪失と再生『竜宮、暁のきみ』鑑賞記
玉手箱とか言う、喪失と再生 ――『竜宮、暁のきみ』鑑賞記――
「縁もゆかりも無い名古屋で、お客さんが入るのかと不安だったんですけれども…満員御礼で、ありがとうございます」
壇上でマイクを握った青木克齊(あおき・かつなり)監督がそう切り出すと、映画ファンで埋まった観客席から大きな拍手が湧き起こった。
2014年9月13日、シネマスコーレ(名古屋市 中村区)で一本の映画が初日を迎えた。青木克齊監督作、『竜宮、暁のきみ』だ。香川県荘内半島をロケ地とし、地元ゆかりの御伽噺・浦島太郎をモチーフとした、青木監督の初長編監督作品である。
小島一宏(司会進行:フリーアナウンサー)「『竜宮、暁のきみ』は、どんなところからスタートしてる映画なんですか?」
青木「『さぬき映画祭』と言う香川県で毎年開催されている映画祭が切っ掛けです。香川の何かを素材にした映画の企画を募集してたんです。調べてみると“浦島伝説”と言うものが地域に残っていると知りまして、そこから発想してお話を作ってみました」
小島「何故、『さぬき映画祭』だったんですか?」
青木「たまたまですが、“企画募集”だったのも大きいです。普段僕は助監督をやっていて、自主映画を撮る時間も中々取れなかったりするので、企画だったらペンとノートで立てられますから」
『竜宮、暁のきみ』Story:夏休みで故郷・香川に帰省した大学生・浦浜太郎(石田法嗣)は鴨の越の海で溺れ、助けようとした親友・浪越正彦(落合モトキ)が命を落としてしまう。何とか励まそうとする友人・三好恭平(小林ユウキチ)の声も耳に入らず、無駄に毎日を過ごす太郎にまた夏がやってくる。故郷の浜で無為に座り込む太郎に話しかけてきたのは、不思議な少女(谷内里早)だった――。
小島「先ほど話に出ましたけど、助監督として数々の現場を踏んでらっしゃるんですよね」
青木「僕は、師匠と呼んでいる人間が二人います。一人は、『半落ち』(2004年)『ツレがうつになりまして。』(2011年)の佐々部清監督。僕が初めて助監督に付いた時の監督です。もう一人は、最近では『はやぶさ 遥かなる帰還』(2012年)『脳男』(2013年)を撮った瀧本智行監督です。実は、お二人とも助監督出身なんです。東映で『鉄道員(ぽっぽや)』(1999年)とか『ホタル』(2001年)とか高倉健さんの作品やる時は「佐々部・瀧本が居ないと絶対駄目だ」と言って放さなかった“スーパー助監督”と言われてた二人です。後は、山田洋次監督の『東京家族』(2013年)とか、石井克人監督の『スマグラー』(2011年)とか、テレビとか」
小島「映画作りは、子供の頃からやりたかったんですか?」
青木「いや、そうではないですね。高校の時、部活動に絶対入らなきゃいけない謎の学校でですね、色んな“帰宅部”があるんですよ…部活をやりたくない人たちの為の部活が(笑)。その中に映画部があったんです。映画を観るだけの部活だったんですが、2年生の時に顧問の先生が何をとち狂ったか「文化祭で自分たちの作品を皆に観せようじゃないか」と言い出しまして。何にもわからない中、8mmビデオで15分くらいの推理物を作ったんです。“作り手”って言うものを意識するようになったのは、それが切っ掛けかも知れないです」
自身を乙武みずきと名乗った不思議な少女は、太郎に問いかける。「運命を感じない?」と。
「きみのことを何も知らない」と訝しがる太郎だが、みずきは太郎と会ったことがあると言う。
小島「浦島太郎の物語に、特別な感慨があったんですか?」
青木「浦島太郎の話は、昔話の中で一番好きな…気になってたお話なんです。救われない物語じゃないですか。浦島太郎って不思議なお話だなって言うのは、ずっと子供心にあったんです」
太郎は、しばしばフラッシュバックに襲われる。
海の中、懸命に腕を延ばし合う太郎と正彦だが、どうしても手は届かない。
暗い海に残されるのは、正彦なのか、それとも――。
小島「水中のシーンが凄く綺麗で、吃驚しました」
青木「香川の飛び込みの出来るプールで撮ったんですが、『海猿』シリーズとか『北のカナリアたち』(2012年)のサポートをやってる日本の水中撮影のトップの方(中村 勝さん)が台本読んで「何かこれ、無茶苦茶大変そうだな…その日空いてるから行ってやるよ」って来てくれたんです。カメラマンが水中に潜ったことがなかったので、前日に練習できるダイビングショップみたいなところにお願いに行って…」
小島「え、前の日(笑)!?」
青木「前の日です…それしかタイミングが無かったので(笑)。それで2時間くらい潜る練習をしてもらって、当日ボンベとカメラと全部背負って、10時間潜りっ放しでした。「上がるのも面倒くさいから、俺は息が続く限り底にいる」って、トイレと食事の時以外はずっとプールの底でした」
太郎が徒に佇む、入り江。みずきのワンピースを揺らす、浜風。
空が翳り、雨が岩場を洗う。陽は沈み、陽は昇る。
ようやく足掻きだした若者に、瀬戸内の自然は、優しく、気高い。
小島「オール香川ロケですが、かなりロケハンしたんじゃないですか?」
青木「はい。やっぱり自分の目で見ないといけないんで。劇中出てきた浜は“鴨の越”って言う場所なんですけど、浦島太郎が亀を助けたって言われてる浜で、あの場所を見た時に僕も「映画の舞台になるな」って言うのを感じました。ただ、香川の映画なんですけれど、ただの観光映画みたいにはしたくなくて…実はあんまり“香川色”って強く出してないんです」
太郎を叱咤する父(西山浩司)、激励する母(松本明子)。そして、みずきを見守る母(小林あや)。
時に厳しく、時に迷い、悩める子供たちの親もまた、今を懸命に生きる。
西山浩司さんは、意外なことに『竜宮、暁のきみ』が映画初出演作なのだそうだ。
小島「キャスティングは、如何でしたか?」
青木「太郎が主人公なんですけど、ヒロインの谷内里早の方を先に決めたんです。男の子の方は“受け”の芝居になるんで、女の子が立ってくれないとこの作品は成立しないと言う思いがありまして。色々見てたんですけど全然ピンと来る人が居ないって時に彼女の写真をネットで見つけて…「もう、この子しかいない!」と思いました。色々難しいシーンもあったんですが、苦手だって言ってたダンスも頑張ってやってくれて。決める時には知らなかったんですけど、彼女は俳優の国広富之さんの娘なんですね。ちょっとそう言うオーラもあったのかなって、今は思ってます」
――君に逢ふ夜は浦島が玉手箱 あけて悔しき我が涙かな――
太郎は祖母(中越恵美)から、恋歌を聞かされる。
夜は、いつか明ける――通常であれば希望しか感じないフレーズに、喪失と再生の意味が付加される。
脚本も自ら手掛ける青木監督のストーリーテリングが冴え渡る。
小島「監督の次回作も、是非観たいですよね(場内拍手)」
青木「実は、名古屋で撮りたいんです。この間『あいち国際女性映画祭』があった時、会場にもなった弥富市の市長さんにお会いしたんです。僕、金魚が大好きで(場内笑)…金魚の産地と言えば、愛知県弥富、奈良県大和郡山、東京の江戸川区なんです。僕、大学3年の時に課題で江戸川区で金魚を養殖されてる方の所に突然行きまして、一夏密着して撮ったんです。金魚、もしくは金魚すくいの映画が撮りたいと、ずっと思ってるんです」
まさかの次回作構想をぶち上げた青木監督の背中に送られた一際大きな拍手の渦は、退場して後もしばらく途切れることはなかった。満員の観客は確りと握ったのだ、20分前には「名古屋に縁もゆかりも無い」と言っていた新人監督が延ばした指先を。その記念碑的作品『竜宮、暁のきみ』、シネマスコーレでの上映は9月19日(金)まで。日程調整中の第七藝術劇場(大阪市 淀川区)を皮切りに全国を回る予定とのこと、どうぞ御観逃し無く。
取材 高橋アツシ
『竜宮、暁のきみ』公式サイト:http://ryugu-akatsuki.jp/
シネマスコーレ公式サイト:http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/home.htm