『マネー・ゲーム』のベン・ヤンガー監督の最新作『ビニー/信じる男』は、ボクシング映画だ。しかし、ただのスポーツ・ドラマではない。「奇跡の復活劇」を含む5度の世界チャンピオンに輝いた実在のボクサー、ビニー・パジェンソの半生を活写した物語である。
主人公ビニー役には、『セッション』で米国アカデミーを席捲したマイルズ・テラー。当時の貴重な資料として、ビニー・パジェンソたち本人の映像も劇中に織り交ぜられ、深い作品世界を描くことに成功している。
『ビニー/信じる男』は、所謂ステレオタイプのスポ根もの……血沸き肉踊るようなボクシング映画とは一線を画した、人生哲学を銀幕に映す骨太なヒューマン・ドラマである。巨匠マーティン・スコセッシ(『沈黙 サイレンス』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』)をして製作総指揮に名を連ねるほど惚れこませた、ベン・ヤンガーのシナリオは、一筋縄で行くはずもないのだ。

『ビニー/信じる男』ストーリー:
ビニー・パジェンソ(マイルズ・テラー)は、元ライト級世界チャンピオン。ロードアイランド州出身のイタリア系アメリカ人で、闘志をむき出しにするファイター型のボクサーだ。「パズマニアン・デビル」と称されスターダムの中心にいたビニーだが、王座陥落後は階級をスーパーライト級に上げてからも連敗が続いている。
ビニーのマネージャーに専念することとなったルー・デュバ(テッド・レヴィン)に代わるトレーナーとして、かのマイク・タイソンのトレーナーも務めたケビン・ルーニー(アーロン・エッカート)に白羽の矢が立つ。ピークが過ぎたボクサーと見做すビニーにスパーリングを命じるケビンだが、引導を渡すどころか逆に目を奪われることになる。トレーニングから遠ざかっていたはずのビニーは、ウェイトが上がっていたにも拘らず、素晴らしい動きを見せたのだ。それまで陰に日向にビニーを支えてきた父・アンジェロ(キアラン・ハインズ)の猛反対を押し切り、ケビンはビニーの階級をスーパーライトから更に2つも上げるという仰天のプランをぶち上げる。
無謀この上ないビニーとケビンのギャンブルだが、驚愕の結果を齎す。ビニーはジュニアミドル(スーパーウェルター)級世界王者ジルベール・デュレに挑戦、なんとTKO勝ちを収めるのだ。2階級制覇という偉業を達成したビニーは、再び賞賛の絶頂を味わう。しかし、幸福が長く続くことはなかった。ビニーを助手席に乗せた義兄・ジョン(ダニエル・サウリ)が運転するスポーツカーが、センターラインを越えた対向車と正面衝突。事故は深刻な状況で、ビニーは頚椎を骨折、ボクシングどころか歩行も危ぶまれる重体となってしまう――。

プロボクサー、ファイタータイプ、イタリア系アメリカ人、頑固な名トレーナー、そしてクセのある義兄……誰もが思いだしてしまうだろう、ボクシング映画の金字塔『ロッキー』を。
『ロッキー』の記念すべき第一作の公開は1976年(米国)、ビニー・パジェンソがプロデビューしたのは1983年。しかも、ロッキーが住むフィラデルフィアとビニーの地元プロビデンスは、それぞれペンシルべニア州とロードアイランド州の州都。この2州は、合衆国への加盟も1787年、1790年と近く、所謂エスタブリッシュメント層の影響が色濃いアメリカ北東部にある。創作とはいえ、ビニー・パジェンソが映画『ロッキー』に少なからず影響されたのは、想像に難くない。
だが、実在の「パズマニアン・デビル」は、「イタリアン・スタリオン」ロッキー・バルボアよりも更に破天荒であった。酒を嗜まない代わりにギャンブルに目がなく、試合前日も真夜中過ぎまでカジノに入り浸り、ブラックジャックのディーラーに心配されるほどなのだ。そして、大儲けした後は恋人とベッドを共にする。臨んだ試合は、判定負けだ。
ビニーを演じたマイルズ・テラーは、パズマニアン・デビルに成りきるため、体重188ポンド体脂肪率19%の身体を8ヶ月で168ポンド6%に落とすという役者魂を発揮した。

ビニーの再起に無くては成らなかったトレーナーのケビン・ルーニーにも注目したい。もちろん彼も実在の人物で、ボクシングを知る者なら誰もがレジェンドと認める名伯楽カス・ダマトから直接トレーナーのイロハを学んだ、マイク・タイソンを史上最強の王者へと導いた「ナンバー・システム」の継承者である。自身もボクサーとして「ニカラグアの英雄」アレクシス・アルグエーリョと対戦したこともあり、老ダマトが亡くなってからはタイソンのトレーナーとして若きチャンピオンを支えた。しかし、悪名高いドン・キングがタイソンのプロモート権を得るに至り、彼はトレーナー職を解かれることとなった。ケビンもまた、どん底からの再起をビニーに賭けたのだ。
アーロン・エッカートは、ケビン・ルーニーを演じるにあたり、体重を40ポンド増量して、頭を剃った。『ハドソン川の奇跡』のスカルズ副機長と同じ役者だと気付かない人も多いと思う。そして、驚くべきことにエッカートは『ビニー』撮影後の2ヶ月弱で、別の映画のために元の体重に戻したそうだ。

劇中、「奇跡でも起きない限り」と言われたビニーが静かに答える、「違う、ギャンブルだ」と。思わず「同じだろ!」と突っ込みを入れたくなるが、ギャンブラーにとって、ギャンブルという単語はネガティブな意味を持たないのだ。
私たちは、ついつい感動的な話を欲する。実話なれば、尚のことだ。どん底に落ちた者がいるならば、這い上がる物語を期待してしまう。
だが、底辺と頂点の両方に身を置いた、ビニー・パジェンソは言う。世界は、もっとシンプルなのだ、と。意味を問うインタビュアーに、ビニーは答える……“人生の真髄”を。
『ビニー/信じる男』、この映画はスポーツ・ヒューマン・ドラマの皮を被った、究極のギャンブル映画だ――。

文:高橋アツシ

『ビニー/信じる男』
7月21日(金)TOHOシネマズシャンテ、伏見ミリオン座ほか全国順次公開
©BLEED FOR THIS, LLC 2016

この記事が気に入ったら
いいね ! で応援

Twitter で

リアル・ロッキーは、ギャンブラー『ビニー/信じる男』レビューhttp://eigairo.com/wp-content/uploads/2017/07/33cc8fec8eb554005629f293abab8b2d-600x400.jpghttp://eigairo.com/wp-content/uploads/2017/07/33cc8fec8eb554005629f293abab8b2d-200x150.jpgシネマカラーズ先取りレビュー映画のえとせとらアーロン・エッカート,ビニー/信じる男,ベン・ヤンガー,マイルズ・テラー,高橋アツシ『マネー・ゲーム』のベン・ヤンガー監督の最新作『ビニー/信じる男』は、ボクシング映画だ。しかし、ただのスポーツ・ドラマではない。「奇跡の復活劇」を含む5度の世界チャンピオンに輝いた実在のボクサー、ビニー・パジェンソの半生を活写した物語である。 主人公ビニー役には、『セッション』で米国アカデミーを席捲したマイルズ・テラー。当時の貴重な資料として、ビニー・パジェンソたち本人の映像も劇中に織り交ぜられ、深い作品世界を描くことに成功している。 『ビニー/信じる男』は、所謂ステレオタイプのスポ根もの……血沸き肉踊るようなボクシング映画とは一線を画した、人生哲学を銀幕に映す骨太なヒューマン・ドラマである。巨匠マーティン・スコセッシ(『沈黙 サイレンス』『ウルフ・オブ・ウォールストリート』)をして製作総指揮に名を連ねるほど惚れこませた、ベン・ヤンガーのシナリオは、一筋縄で行くはずもないのだ。『ビニー/信じる男』ストーリー: ビニー・パジェンソ(マイルズ・テラー)は、元ライト級世界チャンピオン。ロードアイランド州出身のイタリア系アメリカ人で、闘志をむき出しにするファイター型のボクサーだ。「パズマニアン・デビル」と称されスターダムの中心にいたビニーだが、王座陥落後は階級をスーパーライト級に上げてからも連敗が続いている。 ビニーのマネージャーに専念することとなったルー・デュバ(テッド・レヴィン)に代わるトレーナーとして、かのマイク・タイソンのトレーナーも務めたケビン・ルーニー(アーロン・エッカート)に白羽の矢が立つ。ピークが過ぎたボクサーと見做すビニーにスパーリングを命じるケビンだが、引導を渡すどころか逆に目を奪われることになる。トレーニングから遠ざかっていたはずのビニーは、ウェイトが上がっていたにも拘らず、素晴らしい動きを見せたのだ。それまで陰に日向にビニーを支えてきた父・アンジェロ(キアラン・ハインズ)の猛反対を押し切り、ケビンはビニーの階級をスーパーライトから更に2つも上げるという仰天のプランをぶち上げる。 無謀この上ないビニーとケビンのギャンブルだが、驚愕の結果を齎す。ビニーはジュニアミドル(スーパーウェルター)級世界王者ジルベール・デュレに挑戦、なんとTKO勝ちを収めるのだ。2階級制覇という偉業を達成したビニーは、再び賞賛の絶頂を味わう。しかし、幸福が長く続くことはなかった。ビニーを助手席に乗せた義兄・ジョン(ダニエル・サウリ)が運転するスポーツカーが、センターラインを越えた対向車と正面衝突。事故は深刻な状況で、ビニーは頚椎を骨折、ボクシングどころか歩行も危ぶまれる重体となってしまう――。プロボクサー、ファイタータイプ、イタリア系アメリカ人、頑固な名トレーナー、そしてクセのある義兄……誰もが思いだしてしまうだろう、ボクシング映画の金字塔『ロッキー』を。 『ロッキー』の記念すべき第一作の公開は1976年(米国)、ビニー・パジェンソがプロデビューしたのは1983年。しかも、ロッキーが住むフィラデルフィアとビニーの地元プロビデンスは、それぞれペンシルべニア州とロードアイランド州の州都。この2州は、合衆国への加盟も1787年、1790年と近く、所謂エスタブリッシュメント層の影響が色濃いアメリカ北東部にある。創作とはいえ、ビニー・パジェンソが映画『ロッキー』に少なからず影響されたのは、想像に難くない。 だが、実在の「パズマニアン・デビル」は、「イタリアン・スタリオン」ロッキー・バルボアよりも更に破天荒であった。酒を嗜まない代わりにギャンブルに目がなく、試合前日も真夜中過ぎまでカジノに入り浸り、ブラックジャックのディーラーに心配されるほどなのだ。そして、大儲けした後は恋人とベッドを共にする。臨んだ試合は、判定負けだ。 ビニーを演じたマイルズ・テラーは、パズマニアン・デビルに成りきるため、体重188ポンド体脂肪率19%の身体を8ヶ月で168ポンド6%に落とすという役者魂を発揮した。ビニーの再起に無くては成らなかったトレーナーのケビン・ルーニーにも注目したい。もちろん彼も実在の人物で、ボクシングを知る者なら誰もがレジェンドと認める名伯楽カス・ダマトから直接トレーナーのイロハを学んだ、マイク・タイソンを史上最強の王者へと導いた「ナンバー・システム」の継承者である。自身もボクサーとして「ニカラグアの英雄」アレクシス・アルグエーリョと対戦したこともあり、老ダマトが亡くなってからはタイソンのトレーナーとして若きチャンピオンを支えた。しかし、悪名高いドン・キングがタイソンのプロモート権を得るに至り、彼はトレーナー職を解かれることとなった。ケビンもまた、どん底からの再起をビニーに賭けたのだ。 アーロン・エッカートは、ケビン・ルーニーを演じるにあたり、体重を40ポンド増量して、頭を剃った。『ハドソン川の奇跡』のスカルズ副機長と同じ役者だと気付かない人も多いと思う。そして、驚くべきことにエッカートは『ビニー』撮影後の2ヶ月弱で、別の映画のために元の体重に戻したそうだ。劇中、「奇跡でも起きない限り」と言われたビニーが静かに答える、「違う、ギャンブルだ」と。思わず「同じだろ!」と突っ込みを入れたくなるが、ギャンブラーにとって、ギャンブルという単語はネガティブな意味を持たないのだ。 私たちは、ついつい感動的な話を欲する。実話なれば、尚のことだ。どん底に落ちた者がいるならば、這い上がる物語を期待してしまう。 だが、底辺と頂点の両方に身を置いた、ビニー・パジェンソは言う。世界は、もっとシンプルなのだ、と。意味を問うインタビュアーに、ビニーは答える……“人生の真髄”を。 『ビニー/信じる男』、この映画はスポーツ・ヒューマン・ドラマの皮を被った、究極のギャンブル映画だ――。 文:高橋アツシ 『ビニー/信じる男』 7月21日(金)TOHOシネマズシャンテ、伏見ミリオン座ほか全国順次公開 ©BLEED FOR THIS, LLC 2016シネマから、はじめよう。