2017年5月7日ゴールデンウィークの最終日、名演小劇場3階サロン1(105席)は、朝も昼も満員の観客で席が埋まっていた。
前日より封切となった『八重子のハミング』の舞台挨拶に、佐々部清監督(『ツレがうつになりまして。』『東京難民』)と主演の升毅(『SHINOBI』『群青色の、とおり道』)が登壇したのだ。

『八重子のハミング』ストーリー:
石崎誠吾(升毅)は、市民ホールで満員の聴衆を前に講演を行っている。老老介護がテーマの講演で、誠吾は自身の過去を詳しく語り始める。彼は、若年性アルツハイマー病を患った妻・八重子(高橋洋子)を12年間介護した経験を持っているのだ。
誠吾と八重子は、かつて共に教壇に立っていた。長女・千鶴子(文音)の出産により辞職した後も、音楽教師だったこともあってか八重子は歌が大好きだった。だが、そんな順風満帆な石崎家にも暗雲が立ち込める。誠吾の胃に癌が見つかったと旧友である医師・榎木(梅沢富美男)に告げられ、闘病のため校長という職を辞すこととなる。
幸い誠吾の癌は寛解に向かい、家族も友人もホッと胸を撫でおろす。だが、誠吾は気づきはじめていた……献身的な看護を続けてくれている八重子の様子が、少しずつおかしくなっていることに――。

佐々部清監督 苦節8年かかって、やっと全国公開になりました。済みません、ちょっと今日は声が……1月1日からお酒を封印してたのを、昨日飲んじゃいまして(場内笑)。歌は唄ってないんですけど、ちょっと声の調子が、アレなんです(笑)。
升毅 大好きな名古屋で、こうして皆さんの前でご挨拶できることが本当に嬉しく思っております。

MC. 監督、お手にお持ちの新聞は、日刊スポーツですね?
佐々部監督 今日の全国版でこんな大きな記事にしていただいて、嬉しくて皆さんに見てもらおうと思って持って来ちゃいました(場内拍手)。『八重子のハミング』は全国で8スクリーンなんですけど、師匠の降旗(康男)監督の作品(『追憶』)に記事だけは勝ってしまったので、申し訳ないなと思います(笑)。
MC. これから全国色々な所に舞台挨拶に行かれるんですよね?
佐々部監督 10週間、毎週末、地方巡業に参ります。

Q. ご苦労されたシーンは?
 全シーン、ご苦労されました(場内笑)。と言いますか、いつもどの作品でも役に対して自分なりのイメージやプランを持って臨むんですけど……今回の作品も事前にもちろん脚本を頂いてましたし、原作の本(『八重子のハミング』著:陽信孝/小学館)も読ませていただいていた中で、「一体これはどう取り組んで良いのか?」というのが僕の中で全く浮かばずに、撮影に入るまでの2ヶ月くらいの間ずっと悩んでたんです。最終的に「こうしよう」というものが見付からないまま、撮影に入ってしまったんですね。当日撮影現場に行ったら、何かスーッと楽になって、特に何も考えないで撮影に入れちゃったんですよ。13日間の撮影だったんですけど、最後まで不思議な自然体のまま撮り終えることが出来て、これは今まで一度も経験したことがなかったことだったんですね。撮影に入るまでに色々と考えたという意味では苦労はあったんですけど、撮影になったら凄く楽に入っていけたような、不思議な感覚でした。
Q. 高橋洋子さんと、本当のご夫婦みたいでした。
 はい、愛してました(場内笑)……過去形にしちゃった(笑)。
MC. ご苦労と言えば、監督は映画にするまでのご苦労があったのでは?
佐々部監督 いつもは映画会社から「こういう作品をやらないか?」とお話が来たり、自分の企画を映画会社に持っていっても、お金集めはしなくて良いんですけど、今回とにかく大変だったのは、ゼロから……お金集めからスタートしたんです。今日ここにいらっしゃってくれた方の中にも、ホームページで募集した協賛をしていただいた方もいらっしゃいます。そういう大事なお金なので、なるだけ無駄に使いたくないと思って、升さんにも……大スターなので、凄く良いホテルとか用意しなくちゃいけないのに、自分の足で探した「1泊3,000円で泊めてください」みたいな所に(笑)。ちなみに、升さんが泊まってもらったホテルはラスト2,000円だったんですけど(場内笑)。学生の頃10万円くらいで作ったのが、今回は5000万円っていう規模の自主映画だったので……「自主映画を作ってる」って言ったらスタッフが「自主映画って言ってほしくない」って言うので、ずっと「自主“的”映画」って言ってますけど……本当に、手作りで。それこそ「お昼ご飯代は、これしかない」って言ったら、地元の方たちが「大丈夫よ、ウチからお米を持ってくるから」「お野菜持ってくるから」って毎日ケータリングの炊き出し隊をやっていただいて。カメラマンは13日の撮影期間で4kg太っちゃって(笑)。
MC. ……結構いい物を食べてらっしゃったってことですね(笑)?
 とっても美味しいお昼ご飯を頂いてました。
佐々部監督 ご飯を作ってくださる婦人隊の方たちが、最後のシーンの声だけ聴いて、皆泣いてました。こっちが涙をこぼしちゃうような、大変でしたが温かい現場でした。

Q. 佐々部監督は「これは介護映画じゃない。最高のラブストーリーだ」って仰ってましたが、升さんは演じながら如何でしたか?
 僕も「一生懸命介護をする役」だとは思ってなかったです。実際何をしていたかというと、大好きな奥さんが何を求めているかを感じたい、その求めていることに応えたい……どちらかというと、自分が「ああしたい」「こうしたい」みたいな、「傍に寄り添っていたい」だとか。結局、残された時間というのは限られていて、それがいつ来るか分からないんですけど、とにかくずっと傍に居たい、それだけの想いでした。なので、僕の中でも「介護をした」という感覚は無くて……結果的には、介護をしたんですけど(場内笑)、「やらなくてはいけない」ではなく「やりたい」と思ってやっていたので。凝縮された12年間の、八重子さんとの幸せな時間だった気がします。
佐々部監督 僕から升さんにクランクイン前にお願いしたことはたった一つだけで、「撮影の期間中だけで良いから、八重子(高橋洋子)さんをずっと好きでいてください」、それだけなんです。あとは、演技指導なんかも何も無かったです。洋子さんには、「ずっと可愛らしい八重子を演じてほしい」と、それだけお願いしました。それが上手く溶けあうと、ラブストーリーになると思ったんです。

Q. 映画のテーマは、いつもどのようにして選んでいるのですか?
佐々部監督 「テレビドラマでやれないことが良いな」って、いつも思っているんです。僕は映画でしかやれないことをやりたいと。ラブホテルのシーンであるとか、排泄のあれだけリアリティのあるシーンって、絶対テレビドラマだとやらせてもらえないんですね。「子供が観たら、どうするんだ」「食事の時間にぶつかったら……」って。映画だから、あれくらい厳しいこともやれるんです。それから、僕の助監督の最後が高倉健さん主演の『鉄道員(ぽっぽや)』と『ホタル』という映画だったんですけど、その時に高倉健さんが言われた「何を撮ったかではなくて、何のために映画を撮るんだよ?」ということがずっと僕の宿題で、『八重子のハミング』は究極の夫婦のラブストーリーを撮りたいんですけど、その背景にはこれからこの国では必ず10年20年経っていくとどんどん老老介護の時代になっていく……だから、少しでも今介護と闘っている人や疲弊している人たちに、ちょっと背中が押せれば良い、そのために撮りたいと思いました。『ツレがうつになりまして。』の時も、自分の身の周りに鬱病で命を断った人が2人もいて、今そんなに苦しんでいる人たちがいるなら少しでもエールを送るための映画が作りたかったんです。高倉健さんに頂いた宿題は、死ぬまで、きっと監督を続ける限りずっと持ち続けていくんだろうと思っています。

「泣ける映画」が、イコール「いい映画」だとは限らない。人は、陳腐な舞台設定に、取ってつけたような台詞に、大仰なBGMに、時として(或いは、その全てが揃うと)落涙してしまう。
だが、確りとしたテーマ(「時代性」と言い換えても良いかもしれない)を持ち、役者の素晴らしい演技が見られ、その上で泣けるのであれば、「佳い映画」と呼ぶことに迷う必要はない。むしろそれは、「三拍子揃った傑作」と称されるであろう。

そんな、三拍子揃ったハミングを、是非とも劇場で感じてほしい。
佐々部清監督の、升毅の想いが、必ずやあなたの背中を押してくれるはずだ。

取材・文:高橋アツシ

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