「今日は(井上雅貴)監督が来る予定でしたけど、インフルエンザで倒れてしまいまして、代わりに私が来ました。監督からメッセージがありますので、それを読ませていただきます。
 名古屋の皆様、『レミニセンティア』の監督の井上雅貴です。以前から舞台挨拶を告知しておりましたが、私の自己管理が甘く、インフルエンザに罹ってしまい、皆様に会えなくなってしまいました。本当に申し訳ございません。直接ご感想をお伺いしたかったです。しかし、舞台挨拶を中止するのではなく、この映画を一緒に作り上げたイリーナプロデューサーにこの映画についてお話してもらうことにしました。ロシアの撮影の裏側の話を聞いていただけると幸いです。本日は『レミニセンティア』を観に来ていただいて、誠にありがとうございました」

2017年2月11日(土 祝)、『レミニセンティア』(2016年/89分)初日舞台挨拶に立った井上イリーナプロデューサーは、申し訳なさげに美しい眉を顰めながら、そう切り出した。
以前よりインフォメーションされていた井上雅貴監督が急病により登壇できなくなったとの緊急告知があったにも拘らず、名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)のレイトショーは大勢の映画ファンで席が埋まった。

『レミニセンティア』ストーリー:
ミハエル(アレクサンダー ツィルコフ)は、お絵描きが好きな娘・ミラーニャ(井上美麗奈)と二人で暮している。彼のマンションには、次々と過去の記憶に苛まれた人々が訪ねてくる。ミハエルは、“記憶を消す”特殊な能力を持っているのだ。ミハエルは依頼者が消したいと願う記憶を丹念にメモ書きし、彼の本業のアイデアにする。ミハエルの本業は、小説家なのだ。
ある日ミハエルは、ミラーニャと過ごした記憶の一部が欠落していることに気付く。そして、彼が消した依頼者たちの記憶が、ミラーニャに影響を与えていることを知る。思い悩むミハエルの前に現れた謎の女性・マリア(ユリア アサードバ)は、彼に解決策を提案する代わりに自分の記憶の一部を消して欲しいと乞う。マリアもまたミハエルのように、記憶に関係する特殊な能力を持っていた――。

井上イリーナ 私はロシア人で、監督は私の夫です。私たちは、家族でこの映画を作りました。3年前にロシアに渡り、たった3人のスタッフで撮った映画です。2004年に私たちが(アレクサンドル)ソクーロフ監督の『太陽』(2005年/115分)の現場で知り合ったこともあり、監督は元々世界中の映画を観ていたんですが、(アンドレイ)タルコフスキーとか、(セルゲイ)エイゼンシュテインとか、(ゲオルギー)ダネルヤとかロシア映画も大好きだったので、監督は以前からいつかはロシアで映画を撮りたいと思っていました。3人で撮った映画なんですけど、監督は編集に1年も掛けて、映画館に掛けても恥ずかしくない映画になりました。監督にとっては初作品ですが、自主映画に見えない映画にしたかったので、とても拘って仕上げました。
 撮影現場は私の実家で、モスクワから250km離れたヤロスラブリという街でした。【黄金の環】に入っているロシアの11世紀に建てられた街で、世界遺産の文化的、歴史的な教会などの建物が沢山あります。でも、私の実家に帰った時、監督はいつもソ連時代に工業地帯として栄えていた工場やマンション群を見て「凄いな」と言っていて、私は何が凄いのか不思議に思っていたんです。その時から、大体ロケーション・ハンティングをしていたんだと思います。この映画は1ヶ月で撮ったんですが、ロケハンは早かったので(笑)。日本人が観てもロシア人が観ても不思議に思えるように選んでいますが、特にロシア人は有名な建物を見ると何処かが分かってしまうので。
 ロシアで撮ったんですが、“記憶”をテーマにしていますので、世界中に通じる題材です。“レミニセンティア(реминисценция)”というのは日本語に簡単に訳すと、“追憶”です。毎回毎回同じことを思い出して、落ち着かないでずっと分析する……ロシアではドストエフスキーなどの文学にも、映画にも良く使われていますが、自分の過去にあったことを繰り返し分析するのはロシア人っぽいと思っています。映画の中で、思い出の捉え方は人によって印象が違うと語られていますが、観る人によって捉え方が変わる、タイトル通りの不思議な映画になったと思います。

Q. 出てきた路面電車の線路がグニャグニャでしたが、本当なんですか?それとも、比喩的な表現なんですか?
イリーナ あれは、本当です(笑)。私は子供の頃よく路面電車に乗っていて、乗るとガタガタ揺れるものだと思っていたんですが……映画の編集の時に、線路が凄く曲がっていることに初めて気付いたんです(笑)。でも、映画の雰囲気には良く合っていたので、監督はこのカットを入れたかったんだと思いました。

MC. キャスティングについて教えていただけますか?
イリーナ 殆んどのロシア人キャストはプロフェッショナルな役者さんで、映画の経験もありますが基本は演劇の方たちです。ヤロスラブリには何箇所か劇団がありますが、主人公(アレクサンダー ツィルコフ)は【若者劇団】の団長で、私の知り合いでした。彼にお願いして、自分の劇団の中から主人公以外もキャスティングしてもらったんです。スタニスラフスキー・システムも学んだ凄く演技に拘る人たちばかりでした。一人だけ半分日本人のミラーニャ(井上美麗奈)は、実際に私たちの娘で、当時5歳でした。自分の子どもだと、よその子どもと違って気分も分かるし、扱いやすかったので出てもらいました。実はもう一人、プロフェッショナルな役者じゃない人がいます。聖職者さんは、本物です。

MC. 撮影許可が大変だったんじゃないですか?
イリーナ ロシアは、モスクワやサンクトペテルブルクは厳しくなっていますが、地方はまだ大丈夫です(笑)。しかもロシアでは皆、映画を尊敬していますので、ちょっとだけ聞けば「大丈夫、大丈夫」と言ってくれるんですね。ヤロスラブリは世界初の女性飛行士(ワレンチナ)テレシコワの故郷で、会館があります。そこの喫茶店で知り合いが働いていて、カフェだけ貸してもらおうとしたら、会館の所長さんが出てきて「そういう話だったら、是非こっちも」と、テレシコワの博物館やステンドグラス、もちろんカフェも撮らせていただきました。色んな人が協力してくれて、話が早かったのが嬉しかったです。「はあ、日本からわざわざ映画を撮りに来たんですか?是非使ってください!」と(笑)。

Q. 井上監督は、今後もロシアで撮り続けていくんですか?
イリーナ 日本でも撮りたいと言ってますよ。次回作の企画でバレエの映画を考えていまして、日本人ダンサーがロシアに行くとか色々企画が挙がっています。やがては、大作を撮りたいのかなとも思っていますし(笑)。

井上雅貴監督の話が聞けなかったのは残念だが、イリーナプロデューサーにしか語れない話を聞けた観客は、満面の笑みで家路に就いた。舞台挨拶は、大ボリュームの37分にも及んだ。

異国ロシアで、ローバジェットで、家族のみ3人のスタッフで挑んだ井上雅貴監督の初長編映画『レミニセンティア』。その挑戦は、異世界の如きヤロスラブリの風景によって、プロフェッショナルなロシア人俳優によって、息の合った子役の演技によって、そして全ての人々の“映画愛”によって、莫大な製作費を掛けた超大作に引けを取らない傑作SFを生み出した。
脳髄の宝探しであり、深層心理の地獄巡り――“記憶の万華鏡”『レミニセンティア』には、観る者たちの感情を共有させ、心情を反目させ、感想を増幅させる――そんな劇場での鑑賞が相応しい。

取材・文:高橋アツシ

映画『レミニセンティア』公式サイト
©INOUE VISUAL DESIGN

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散らばり 混ざりあい 形づくる『レミニセンティア』鑑賞記http://eigairo.com/wp-content/uploads/2017/02/remini-photo2-600x338.jpeghttp://eigairo.com/wp-content/uploads/2017/02/remini-photo2-200x150.jpegシネマカラーズシネマな名古屋レミニセンティア,井上イリーナ,井上雅貴,名古屋シネマテーク,高橋アツシ「今日は(井上雅貴)監督が来る予定でしたけど、インフルエンザで倒れてしまいまして、代わりに私が来ました。監督からメッセージがありますので、それを読ませていただきます。  名古屋の皆様、『レミニセンティア』の監督の井上雅貴です。以前から舞台挨拶を告知しておりましたが、私の自己管理が甘く、インフルエンザに罹ってしまい、皆様に会えなくなってしまいました。本当に申し訳ございません。直接ご感想をお伺いしたかったです。しかし、舞台挨拶を中止するのではなく、この映画を一緒に作り上げたイリーナプロデューサーにこの映画についてお話してもらうことにしました。ロシアの撮影の裏側の話を聞いていただけると幸いです。本日は『レミニセンティア』を観に来ていただいて、誠にありがとうございました」2017年2月11日(土 祝)、『レミニセンティア』(2016年/89分)初日舞台挨拶に立った井上イリーナプロデューサーは、申し訳なさげに美しい眉を顰めながら、そう切り出した。 以前よりインフォメーションされていた井上雅貴監督が急病により登壇できなくなったとの緊急告知があったにも拘らず、名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)のレイトショーは大勢の映画ファンで席が埋まった。『レミニセンティア』ストーリー: ミハエル(アレクサンダー ツィルコフ)は、お絵描きが好きな娘・ミラーニャ(井上美麗奈)と二人で暮している。彼のマンションには、次々と過去の記憶に苛まれた人々が訪ねてくる。ミハエルは、“記憶を消す”特殊な能力を持っているのだ。ミハエルは依頼者が消したいと願う記憶を丹念にメモ書きし、彼の本業のアイデアにする。ミハエルの本業は、小説家なのだ。 ある日ミハエルは、ミラーニャと過ごした記憶の一部が欠落していることに気付く。そして、彼が消した依頼者たちの記憶が、ミラーニャに影響を与えていることを知る。思い悩むミハエルの前に現れた謎の女性・マリア(ユリア アサードバ)は、彼に解決策を提案する代わりに自分の記憶の一部を消して欲しいと乞う。マリアもまたミハエルのように、記憶に関係する特殊な能力を持っていた――。井上イリーナ 私はロシア人で、監督は私の夫です。私たちは、家族でこの映画を作りました。3年前にロシアに渡り、たった3人のスタッフで撮った映画です。2004年に私たちが(アレクサンドル)ソクーロフ監督の『太陽』(2005年/115分)の現場で知り合ったこともあり、監督は元々世界中の映画を観ていたんですが、(アンドレイ)タルコフスキーとか、(セルゲイ)エイゼンシュテインとか、(ゲオルギー)ダネルヤとかロシア映画も大好きだったので、監督は以前からいつかはロシアで映画を撮りたいと思っていました。3人で撮った映画なんですけど、監督は編集に1年も掛けて、映画館に掛けても恥ずかしくない映画になりました。監督にとっては初作品ですが、自主映画に見えない映画にしたかったので、とても拘って仕上げました。  撮影現場は私の実家で、モスクワから250km離れたヤロスラブリという街でした。【黄金の環】に入っているロシアの11世紀に建てられた街で、世界遺産の文化的、歴史的な教会などの建物が沢山あります。でも、私の実家に帰った時、監督はいつもソ連時代に工業地帯として栄えていた工場やマンション群を見て「凄いな」と言っていて、私は何が凄いのか不思議に思っていたんです。その時から、大体ロケーション・ハンティングをしていたんだと思います。この映画は1ヶ月で撮ったんですが、ロケハンは早かったので(笑)。日本人が観てもロシア人が観ても不思議に思えるように選んでいますが、特にロシア人は有名な建物を見ると何処かが分かってしまうので。  ロシアで撮ったんですが、“記憶”をテーマにしていますので、世界中に通じる題材です。“レミニセンティア(реминисценция)”というのは日本語に簡単に訳すと、“追憶”です。毎回毎回同じことを思い出して、落ち着かないでずっと分析する……ロシアではドストエフスキーなどの文学にも、映画にも良く使われていますが、自分の過去にあったことを繰り返し分析するのはロシア人っぽいと思っています。映画の中で、思い出の捉え方は人によって印象が違うと語られていますが、観る人によって捉え方が変わる、タイトル通りの不思議な映画になったと思います。Q. 出てきた路面電車の線路がグニャグニャでしたが、本当なんですか?それとも、比喩的な表現なんですか? イリーナ あれは、本当です(笑)。私は子供の頃よく路面電車に乗っていて、乗るとガタガタ揺れるものだと思っていたんですが……映画の編集の時に、線路が凄く曲がっていることに初めて気付いたんです(笑)。でも、映画の雰囲気には良く合っていたので、監督はこのカットを入れたかったんだと思いました。MC. キャスティングについて教えていただけますか? イリーナ 殆んどのロシア人キャストはプロフェッショナルな役者さんで、映画の経験もありますが基本は演劇の方たちです。ヤロスラブリには何箇所か劇団がありますが、主人公(アレクサンダー ツィルコフ)は【若者劇団】の団長で、私の知り合いでした。彼にお願いして、自分の劇団の中から主人公以外もキャスティングしてもらったんです。スタニスラフスキー・システムも学んだ凄く演技に拘る人たちばかりでした。一人だけ半分日本人のミラーニャ(井上美麗奈)は、実際に私たちの娘で、当時5歳でした。自分の子どもだと、よその子どもと違って気分も分かるし、扱いやすかったので出てもらいました。実はもう一人、プロフェッショナルな役者じゃない人がいます。聖職者さんは、本物です。MC. 撮影許可が大変だったんじゃないですか? イリーナ ロシアは、モスクワやサンクトペテルブルクは厳しくなっていますが、地方はまだ大丈夫です(笑)。しかもロシアでは皆、映画を尊敬していますので、ちょっとだけ聞けば「大丈夫、大丈夫」と言ってくれるんですね。ヤロスラブリは世界初の女性飛行士(ワレンチナ)テレシコワの故郷で、会館があります。そこの喫茶店で知り合いが働いていて、カフェだけ貸してもらおうとしたら、会館の所長さんが出てきて「そういう話だったら、是非こっちも」と、テレシコワの博物館やステンドグラス、もちろんカフェも撮らせていただきました。色んな人が協力してくれて、話が早かったのが嬉しかったです。「はあ、日本からわざわざ映画を撮りに来たんですか?是非使ってください!」と(笑)。Q. 井上監督は、今後もロシアで撮り続けていくんですか? イリーナ 日本でも撮りたいと言ってますよ。次回作の企画でバレエの映画を考えていまして、日本人ダンサーがロシアに行くとか色々企画が挙がっています。やがては、大作を撮りたいのかなとも思っていますし(笑)。井上雅貴監督の話が聞けなかったのは残念だが、イリーナプロデューサーにしか語れない話を聞けた観客は、満面の笑みで家路に就いた。舞台挨拶は、大ボリュームの37分にも及んだ。異国ロシアで、ローバジェットで、家族のみ3人のスタッフで挑んだ井上雅貴監督の初長編映画『レミニセンティア』。その挑戦は、異世界の如きヤロスラブリの風景によって、プロフェッショナルなロシア人俳優によって、息の合った子役の演技によって、そして全ての人々の“映画愛”によって、莫大な製作費を掛けた超大作に引けを取らない傑作SFを生み出した。 脳髄の宝探しであり、深層心理の地獄巡り――“記憶の万華鏡”『レミニセンティア』には、観る者たちの感情を共有させ、心情を反目させ、感想を増幅させる――そんな劇場での鑑賞が相応しい。 取材・文:高橋アツシ 映画『レミニセンティア』公式サイト ©INOUE VISUAL DESIGNシネマから、はじめよう。