奇蹟の音声を呼んだ、執念の作画『ねむれ思い子 空のしとねに』鑑賞記


_11206132016年11月19日(土)、シネマスコーレ(名古屋市 中村区)で1本の3DCGアニメーション映画が公開初日を迎えた。
作品のタイトルは、『ねむれ思い子 空のしとねに』という。

「この作品の、監督兼、脚本兼、プロデュース兼、作画兼……音以外の全部を担当しました、栗栖です。本日はおいでいただき、ありがとうございます」

舞台挨拶に登壇した、チロリアンハットを粋にコーディネイトした黒尽くめのダンディがこう告げると、座席を埋めた観客からは驚嘆の溜め息と共に大きな拍手が渦を巻いた。企画2年、制作5年の歳月を費やし『ねむれ思い子 空のしとねに』をほぼ一人で作り上げた紳士の名は、栗栖直也という。

_1120600栗栖直也監督 完成まで7年間かかってるんですけど、通常長い期間を使った映画は予算があったりで“作らなあかん”というのが決まってるものですが……私の場合は完全に個人で、要はいつ止めても良い訳です、まったく縛りがないので。その状況で作り切るっていうのは、我ながら良く頑張ったと思います(笑)。
MC. 監督としては、3本目の作品とか?
栗栖監督 2004年と2005年に、15分物を1本ずつ(『文使』『Turquoise Blue Honeymoon』)撮ってるんですけど、運よくどちらの作品も賞を頂きました。それで、味を占めたと言いますか(笑)。10分物を作ろうと思うと15分になりまして、いつも1.5倍くらいになるんです。今回も30分物にしようと考えたんですけど、50分になりました(笑)。ちゃんとした話を作らせてくれる方が誰かいらっしゃるかと思い営業もしたんですけど、なかなか難しく……作りながらも予算を出してくれる方を探したんですが、結局は個人で作り切りました。内容的には、自信があると言うか……自分が完成した物を観たいと思って、どうしても作りたかったから作ったんです。最終的には、メジャーさんでやってること全部、個人でどこまでやれるか……インディペンデントのデベロッパーとして、出来ることを全部やろうと。やってみたら、案外できるものです(笑)。エンディングも、JASRACの手続きから全部やりました。
MC. 完成は何年だったんですか?
栗栖監督 2014年です。それから海外と国内の映画祭に出したんですが、海外の方で幾つかオフィシャルセレクションしていただきました。【シュトゥッツガルト国際アニメーション映画祭】では長編部門にノミネートしていただきまして……旅費が出るというので、ドイツまで行ってきました(笑)。国内では【TAMA CINEMA FORUM】でセレクションしていただいたんですが、それ以外ではお声は掛からず……諦めていたんですが、細い糸から配給のインターフィルムに繋がって、まさかの劇場公開となりました。もう、何でもします(笑)。

『ねむれ思い子 空のしとねに』ストーリー:
025軽くはない罪を犯し逃亡中の織音(福島央俐音)は、ある夜スーツ姿の男たちに行く手を阻まれる。彼らのリーダーと思しき女・ユリ(田中敦子)が逃亡の便宜を図ると持ちかけられた裏には、危険な交換条件があることに勘付かない織音ではなかったが、共に逃亡の身である恋人の身柄が彼らに握られたことを示されると要求を飲まざるを得なかった。
小型のシャトルに乗せられ向かった先は、遥か地球の衛星軌道上に浮かぶ実験用宇宙ステーションであった。ユリの指示で単身ステーション内に侵入した織音は、「先生」と呼ばれる男性(平田広明)の声に導かれ、奥の区画のゲートを潜る。そこで待っていたのは……19年前、生まれたばかりの織音を残し交通事故死した母・里美(井上喜久子)であった――。

MC. 物語は、どんな切っ掛けで着想されたんですか?
栗栖監督 運転免許の更新の講習で聞いた、チャイルドシートに乗ってた子どもは助かったけどお母さんは亡くなった事故の話です。余りにも可哀相で……もう一回会える方法は無いかと考えたのがスタートでしたね。
MC. それが宇宙まで行っちゃうのは、凄いですね
栗栖監督 実は、技術的なこともあるんです。一人でやってるから、人が大量に歩いてる渋谷の街とかはちょっと無理なので(笑)。閉鎖空間は低予算ならではっていうのもあったんですが、より大きな話に出来るのもあって……宇宙ステーションの形は、子宮をデザインのモチーフにしてるんです。一回胎内に入って、生まれ変わるというコンセプトもありまして。

MC. キャラクターに関しては、如何ですか?
栗栖監督 一度脚本を丸々書き換えたりもしたんですが、主人公2人の関係は最初から決まっていました。“親子って何だろう?”“本当って何だろう?”といったテーマが後から浮かんできました。提供される情報は嘘ではないんだけど、直接会って知る人物像とどっちが本当か、どっちも本当なんだけど主観的な意味で如何なんだろうといったことがメインテーマなので、それはどのキャラにも言えることです。この作品を気に入っていただいた方は、どなたかを連れてきていただいてディスカッションすれば、相手の価値観の深いところを掘り出せるような内容にしてるつもりです。カップルで観てもらって、結婚前にそういう話をしていただければ、外れが無いんじゃないかと(笑)。色々なことに言及していますので、考える切っ掛け、ネタになる作品なんじゃないかと思っています。

%e3%83%a1%e3%82%a4%e3%83%b3MC. これは是非聞かないといけないんですが……インディーズ作品とは思えない、凄い声優陣が揃いましたね
栗栖監督 私は音が無い段階から知ってる訳じゃないですか、だから声が入って如何にパワーアップしたかっていうのは、私が一番分かってるんですね(笑)。音楽と、音響、声で作品の見え方が全然変わるので、そんなお仕事の偉大さで本当に助けていただいたと思ってます。『文使』が【東京国際アニメフェア】で賞を頂いてるんですけど、懇親会で音響制作会社の社長さんでもある福島央俐音さんとお会いしたんです。当時この作品を既に作り始めてて主役は織音と決めてたんですけど、突然「私の作ってる作品の主人公に」なんて言うと気持ち悪いかなと思い(笑)、その場では言わなかったんですね。一人で作画を続けて、もうそろそろ完成する頃に、音響で幾らくらい掛かるのか聞きたいこともあって連絡させてもらったんです。そうしたら、本当に色々と協力していただきまして……福島さんはお声を聞かせていただいた時点で“織音”をお願いしたいことが決まっていたんですけど、更に井上喜久子さんと田中敦子さんをご提示いただいたんです。もうバッチリじゃないですか、永遠の17歳なので(笑)!“先生”はコミカルな感じもあるし、格好いい感じもあるので、「小山力也さんと、チョーさんの間くらい方……平田広明さんのイメージ」なんていう話をしたら、なんとご本人のOKを頂いて!作品の内容を一回観ていただいた上で受けていただいたと聞いているので、大変光栄です。

MC. 次回作は、如何ですか?
栗栖監督 色々企画もありまして、考えております。予算的なこともありますので、お客様の入りが(笑)……是非応援していただく意味で、お友達を10人ばかり連れてきていただけると(場内笑)。それが叶わなかった場合、次の作品も出来れば劇場作品を作りたいので、完成が還暦くらいになると思います(笑)。いずれにせよ、その時にはまた是非ご覧いただけると嬉しいです。

MC. 最後に一言お願いします
栗栖監督 お客様に観ていただき何かを感じていただいて、作品に描かれていない部分をそれぞれの方に作っていただくことで、作品が完成すると思っています。今日これだけの方にご覧いただいて、それだけの数の作品が完成したことを嬉しく思っています。ありがとうございました。

_1120608いつまでも鳴り止まない拍手は、『ねむれ思い子 空のしとねに』が持つパワーの何よりの証左であろう。
続いて行われたサイン会には長い列が出来、話し足りないファンが何組も残り栗栖監督と更に話を重ねていたのが印象的だった。

“7年かけて音以外を一人で作り上げた映画”を、是非とも劇場で観ていただきたいと思う。
提供される情報と、自らの五感で味わった実像とは、果たして乖離するものなのか……作品のメインテーマを実体験できる映画など、滅多に無い。
薄っぺらな美辞麗句を並べ立てたとしても、この作品の輝きの前には色褪せるばかりなので、一つだけ。あなたが思い描いている以上の物が、『ねむれ思い子 空のしとねに』にはある。

映画館の暗闇は、時折こんな奇蹟を生み出すのだ。

取材:高橋アツシ

© 2014 Naoya Kurisu / Hand to Mouse.

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