虚飾が生み出すリアリティ『ファブリックの女王』レビュー


Armi elää! -elokuvan still-kuva / BUFO / kuvat Lasse Lecklin /
北欧・フィンランドのブランド【マリメッコ】が大戦後の世界に与えた影響は極めて大きい。
綿素材の特性を生かしたデザイン性、コルセットから女性を解放した先進性、世界中に販売店を置いて直営とした企業方針、マリメッコで働く女性の地位を劇的に向上させた公共性、全世界に新たなライフスタイルを発信するブランド力――「フィンランドが福祉大国となった礎の一端を担った」と言っても、決して過大表現ではない。
そんな【マリメッコ】を生み出し、ファッション界の巨星となる原動力となったのは、一人の女性であった。
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アルミ・アイラクシネンは、1912年7月13日フィンランド・カレリアで生まれた。
20歳でヴィリヨ・ラティアと恋に落ち、デザイン学校卒業と同時に結婚。
二人が海沿いの町に居を構え、アルミは織物工場で働き始める頃、第二次世界大戦勃発。フィンランドも、ソビエト連邦と通称【冬戦争】を戦った。アルミは3人の弟を亡くし、家や職場があったカレリアはソ連領となった。
ラティア夫妻はヘルシンキに引っ越し、3人の子供と家政婦ケルットゥと暮らした。
7年間勤めた広告会社を解雇されたアルミは、1949年から工業用布を扱う夫の工場で働くことになった。
後の、マリメッコである――。

……長々とアルミ・ラティアの経歴を書き連ねたが、映画を鑑賞する為の前情報とする必要はない。
アルミの経歴は、マリア(ミンナ・ハープキュラ)によって、懇切丁寧に語られる。
マリアは、女優である。公演が間近に迫る舞台でアルミ役に抜擢され、今稽古の真っ最中だ。
『ファブリックの女王』は、ミンナ・ハープキュラ演じるマリアが、アルミ・ラティアを演じるために“役作り”する様子を描いた物語なのだ。
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別段目新しくは無い“劇中劇”と言う手法だが、ノンフィクション映画に採用すると極めて大きな効果を齎す。観客はマリアと一緒に、【マリメッコ】創業者アルミ・ラティアの人生を探り、迫り、追体験することになる。そして、役作りで悩むマリアの様子は、マリメッコのトップとして世界の表舞台に立ち続けたアルミの苦悩をダイレクトに表現しているようにも見え、観者は何か“二重の深層”を覗きこんだ気持ちにさせられる。
更に――描かれてはいないが――例えば、ヴィリヨ・ラティア役の俳優(ハンヌ=ペッカ・ビョルクマン)、ケルットゥ役の女優(レア・マウラネン)、全ての舞台役者が同様の“役作りの苦悩”を持つことに思いが及ぶことになる。すると不思議なもので、銀幕を彩るあらゆる登場人物が、圧倒的なリアリティを以て観る者の眼に飛び込んでくるのだ。
役作りのメソッド――謂わば実在の人物に“変装する過程”を疑似体験することで、現実味が強化される、された気になると言うのは、中々新鮮な鑑賞体験だった。観る者は、自らの外的側面(ペルソナ)を無意識のうちに追認識しているのかも知れない。社会生活を営む上で、全ての人間は自分の“役割”を日常的に演じることを強いられるものだ。
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虚飾の過程を覗き見るうちに、実在の人物の実像に触れたような錯覚を覚える――『ファブリックの女王』が持つサムシング・エルスは、この実に奇妙なリアリティである。この極めて特殊な“立ち位置”を体感することは、鑑賞者として誠に価値のある映像体験と言える。
ヨールン・ドンネル監督が構想50年(!!)の末に放った魔法により、私たちはエポック・メイキングな手法を目の当たりにしているのかも知れない。
アルミ・ラティアが【ティーリスキヴィ】で、極めてエポック・メイキングなインパクトを全世界に齎したように――。

文 高橋アツシ

『ファブリックの女王』
2016年5月14日(土)ヒューマントラストシネマ有楽町・渋谷
2016年5月28日(土)名演小劇場 他全国順次ロードショー
提供・配給:パンドラ + kinologue
公式サイト:http://q-fabric.com/
© Bufo Ltd 2015

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