いつかまた、出会える日のために『いってらっしゃいの花』レビュー
若くして命を落としたあやか(森本あお)は、あの世とこの世をつなぐ「待合室」で目を覚ます。そこで出会った案内役の男 (須永祐介)からこの世に戻る猶予があることを教えられた彼女は、幽霊となって父親(藤田健彦)や親友のちあき(福田麗)、婚約者のそうた(山田ジャンゴ)のもとを訪ねるが、誰もあやかの存在に気づかない。せめてもう一度だけ大切な人達と話したいと願うあやかと、悲しみを募らせる彼女を愛する人々との最後の再会は叶うのかーー。
25歳のあやかは穏やかで優しい父親との2人暮らし。高校時代からの親友ちあき、結婚を約束した恋人そうたと共に幸せな日々を過ごしていた。そんなある日、思いもかけずあやかは命を失ってしまう。「待合室」で出会った案内役の男の力を借り大切な人達に別れを言うため会いに行くというファンタジックな物語だが、本作の大きな特色はそんなストーリーにもかかわらず、一貫して淡々とした温度を保っているところだ。

あの世への、いわば待機所で目を覚ましたあやかは自らの死を知るが取り乱すことなく、現実を受け入れすぐに皆に会いに戻る決意をする。同じようにあやかの家族や友人たちも彼女の気配を感じたとしても、驚き慌てることなくあやかの再訪を受け入れる。自分や、自分の大切な人がこの世を去った時こんな風にいられるだろうか?はじめはそう感じたがそこには大きな理由があるのだと思う。
一つには生と死の間には厳然たる隔たりがあるということ。肉体は消滅し物理的には存在しなくなり、一度あの世へ行ってしまえばこの世にはいられない。あやか自身も、あやかの死を目の当たりにした人達もそれを冷徹な現実として受け入れざるを得ないのだ。死はあまりにも普遍的で、どうしようもないものだから。

二つめは死は生の延長線上にあり、実は境界は曖昧であるということ。全く相反することを言っているのは分かっているが、前者は物理的な現実であるのに対し後者は精神的で情緒的で、論理でどうにかなるものではないのだ。大切な人がこの世を去り帰ってこない現実を「どうしようもないから」と受け止められたら楽だけれど、そんなことはできっこない。生と死の厳然たる隔たり…なんて考えられないし、会いたくてどうしようもなくてたまらない、死んだなんて受け入れたくない。だから皆あやかに会いたいのだ、どんな形でも。
幽霊は怖いけれど、彼らの知っているあやかは幽霊なんかじゃない。あやかは学生時代放課後に他愛もない話をした頃からずっと仲の良い友達で、念願叶って付き合えることになった大好きな彼女で、小さい頃から大切に育ててきた愛する娘なのだから。そんな普通の、何て事の無い日常の続きで彼女はこの世からいなくなっただけなのだ。生と死に厳然たる隔たりはあるけれど、日常から、そばにいた人たちの心から彼女を消し去ることは出来ないのだ。積み重ねた思い出はあまりにも温かく、だからこそ悲しみは増すが、同時に思い出が心の拠り所となり、悲しみからの待避所になることもある。

さよならなんて言いたくない、けれど…だからこそ言うのだ、『いってらっしゃい』と。いつかまた会える日のために。どうしようもない、でも悲しくて愛おしい、その相反する想いをこの作品は見事に描き切っている。
『グラデーション』(20)、『ここ以外のどこかへ』(21)の椎名零が監督・脚本・編集を手がけ、『フィア・オブ・ミッシング・アウト』(20)などで知られる映画監督・河内彰が撮影を担当した。『ここ以外のどこかへ』にも出演した森本あおが主人公のあやかを演じ、俳優の他振付師としても活躍する福田麗が親友のちあき、山田ジャンゴが婚約者のそうたを演じた。須永祐介、藤田健彦、小夏いっこが脇を固めている。
厳しくて悲しいけれど、同時に途方もなく優しい生と死についての映画。今そばにいる人たち、そしてもう会えない人たちのことを改めて大切に思える、そんな作品だ。
文 小林サク
『いってらっしゃいの花』(102分)
監督・脚本・編集: 椎名零 撮影: 河内彰
キャスト: 森本あお 福田麗 山田ジャンゴ 須永祐介 藤田健彦 湯本智恵美 小夏いっこ 辻創太郎 清水博仁 渡邊麻梨奈 辻莉仔 瀧マキ
(C)椎名組 2025
シアターセブン(大阪)2026年9月5日(土)~9月11日(金)上映
シネマスコーレ(名古屋)2026年10月以降上映