冨家ノリマサ『最後の乗客』インタビュー。「嘘があってはいけない」という覚悟を持った。



ミステリアスな展開と衝撃のラスト。世界各地の映画祭で絶賛され、日本でも全国公開が決まった『最後の乗客』。本作ではスクリーンからも伝わるお人好しのタクシードライバー・遠藤を好演し、演じるうえでの背負った覚悟や思いを語ってくれた、いま大注目のおちゃめなベテラン俳優・冨家ノリマサにインタビュー。

東北の小さな街の駅のロータリーで客待ち駐車をしているタクシードライバーの遠藤(冨家ノリマサ)とたけちゃん(谷田真吾)は、ドライバーの間で噂になっている話をしていた。「夜遅く浜街道流してっと、若い大学生くらいの子がポツンと立ってるんだって‥‥‥」そんなたけちゃんの話を笑い飛ばす遠藤。ハンドルを握った遠藤は、人気のない深夜の道路でタクシーを止めようと手をあげる若い女性を照らし出すのだが――。

■『最後の乗客』と『侍タイムスリッパー』どちらもフューチャーされて嬉しい。

――ネタバレ要素が強い作品ですが、2度目では印象も変わりそして繋がる。でもどちらでも感動しました。
冨家 そうなんですよ、ネタバレになっちゃうから言えないことが多くてね(笑)『最後の乗客』の脚本を読んだとき、僕のなかでは『侍タイムスリッパー』と同じ息吹を感じたんです。根底にある人としての愛や、脚本に含まれる強いメッセージ性をすごく感じたので「ぜひお受けしたい」と。どちらの作品もフューチャーされていることがとても嬉しいです。

■被災地でのロケ。「嘘があってはいけない」という覚悟。

――撮影現場の雰囲気はどんな感じでしたか?
冨家 撮影期間は1週間で、仙台の荒浜という場所なんです。撮影に入る前に現地を訪れて、震災遺構となった荒浜小学校を見学したんです。そこには震災前の街のジオラマがあり、そのあと窓から現在の街を見渡したら何もなくて。こういうところで撮影するんだと呆然としてしまって。何とも言えない気持ちになりました。

共演者と監督に恵まれた作品でした。スタッフも少人数での撮影だったんですけど、協力してくださった現地のボランティアの方の中には震災で身内を亡くされた方も多々いらして。そういう方たちも関わっているので、思いをきちんと背負うというプレッシャーはありました。同時に嘘があってはいけないという覚悟もしたんです。でも、無念の思いを重くならないように演じようと思いました。

■まっすぐなお人好し。ここに“存在”しているだけ。

――お人好しのタクシードライバー・遠藤を演じていますが、同僚のたけちゃんとの掛け合いが微笑ましいです。
冨家 たけちゃんを演じた谷田真吾さんは、今回はじめてご一緒したんですけど、役柄のままの印象で。本当にあの雰囲気のいい方なんですよ。だから初めて会った瞬間に「あ、たけちゃんだ!」って(笑)

――遠藤の喜怒哀楽の表情が印象的で。どの感情も胸を打つものがありました。
冨家 あえてこういう表情を作ろうとかまったく思わずに、ただただ遠藤でいようと。田舎のタクシー運転手で、奥さんを亡くして男手ひとつで子供を育ててきたお父さんが一生懸命生きている姿が出ればいいなと。

――さきほどの「嘘があってはいけない」という言葉はとてもしっくりきました。
冨家 重くやろう、暗くやろうとは全く思わなかったんです。ただ、ここに存在しているだけ。生きていると誰の人生にもそれぞれのドラマがあるじゃないですか。その小さなドラマにぽわんと暖かい明かりが灯されるような、そんな感じに映ったらいいなと思っていました。

■実はヒューマンドラマ。「観てください」としか言えない。

――ミステリアスな展開ではじまり、噂に聞いた「謎の女」を乗せてしまいますが、どんな心境でしたか?
冨家 「うわっ!本物の幽霊を乗せちゃったよー。たけちゃんが言ってたやつだよー。たけちゃんこわいよ、こわいよ」って思いながら演じていましたね(笑)遠藤にとってたけちゃんは心の友なんですよ。はじめはホラーだと思う方はきっと多いでしょうが、でも実はヒューマンドラマなんですよね。本当に観てくださいとしか言えないんですよね。

――「おにぎり」が重要なシーンで登場しますね。冨家さんにとっての思い出の味は?
冨家 母の作ってくれた焼きビーフンですね。祖母が台湾に一時期住んでいたので、台湾仕込みの焼きビーフンが得意でそれが母に伝授され、とても美味しかったんです。子供の頃から母の焼きビーフンが僕にとっての思い出の味なんです。ですが、最近亡くなってしまいまして。『最後の乗客』も『侍タイムスリッパー』も劇場で観てもらうことができなかったのが残念で。きっと喜んでくれただろうなって。

■監督が込めた“愛”というものが伝わったんだなって。

――多くの映画祭で称賛されておりますが、評判はいかがですか?
冨家 みなさん「感動した」と言ってくださって。「親や兄弟、子供を大事にしなきゃって思った」という声もたくさんいただきました。堀江監督が込めた“愛”というものが画面を通して伝わったんだなって。監督自身が仙台出身ということもありますが、しんどい映画にしたいわけでもなく、頑張ってくれとか、こんなひどい状況だったので同情してくださいという感じが一切なく。本作には堀江監督なりのただ愛を届けたいという想いが込められているんですよね。

■堀江監督と安田監督から感じた共通点。

――堀江監督の印象を教えてください。
冨家 堀江監督と安田監督(『侍タイムスリッパー』)には同じ匂いを感じたんですよ。おふたりとも心根の素晴らしい方なんです。自分がとか俺がとか、そういうエゴのない方で、ただいい作品を作りたいという信念だけがあって。この2本に関しては同じスピリッツを感じるんですよ、両監督に。自分の魂を映画に込めるって感じですかね。

撮影現場でもいろいろとこだわりがあって、僕も堀江監督とたくさん意見を交わしてきましたが、自分のビジョンを作り上げるために妥協は一切なかったですね。ものづくりに対するあくなき執念と情熱が感じられて。たった1週間の撮影でしたけど、俳優としてこの作品に出演できたことがとても幸せな時間でした。

――もしタクシードライバーだったら、最後に乗せたい乗客は誰ですか?
冨家 やっぱり家族ですね。僕の運転で家族を乗せて、今まで一緒に過ごしてきた時間を振り返りながら、楽しかったことを話したいですね。

――世界の片隅のどこかで起きてほしい、そんな優しい物語でした。最後にメッセージをお願いいたします。
冨家 人って、素直に言えばいいのに言えなかったり、本当は「大丈夫?」って言いたいのに声をかけられないとか、逆に辛くあたってしまったりとか。そういった自分の本当の思いを隠したり、相手に見せないことが多いじゃないですか。でもちょっと素直になると、世界がコロッと変わって歩み寄りも生まれて。いろんなことが幸せになって平和にもなる。そして生きていくことが少し楽になる。そんな思いがこの映画には溢れていると思います。生きているうちにやれることをやろう、正しく優しく生きることがとても大事で素敵なんだよってことが観てくださる方に届いたら嬉しいなって思います。

取材・撮影 南野こずえ


『最後の乗客』
10月11日(金)ユーロスペース、池袋シネマロサ他全国順次ロードショー
© Marmalade Pictures, Inc.

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