民衆に寄り添い 権力を糾弾する 『弁護人』レビュー
『弁護人』ストーリー:
ベテランの人権派弁護士として名高いキム・サンピル(チョン・ウォンジョン)の元に、一人の新人弁護士がやってくる。彼の名は、ソン・ウソク(ソン・ガンホ)。高卒でありながら働きながら独学で司法試験に合格した異色の経歴の持ち主で、釜山に事務所を開こうとしていた。
学閥が幅を利かす法曹界で生き残るのは並大抵のことではないが、ウソクには才覚があった。折からの不動産ブームに沸く韓国では、司法書士だけでは手が足りず、弁護士でも不動産登記が出来るよう法改正されたばかりであった。これに目を着けたウソクの事務所は瞬く間に評判となり、事務長(オ・ダルス)や秘書(チャ・ウンジェ)も抱える釜山でも指折りの弁護士事務所に成長する。
この成功に他の弁護士も追随し仕事量に翳りが見えると、ウソクは新たな分野を画策し、税理・資産保全を専門とする弁護士に方針転換する。学歴がネックの彼だが、他の弁護士にはない商業高校出身という経歴を武器にする柔軟性があったのだ。彼の手腕はまたも評判となり、10大建設企業の顧問弁護士就任への道を拓くこととなる。
ヘドン建設のトップ(リュ・スヨン)と契約を交わそうとするまさにその時、妻(イ・ハンナ)や子ども達も店を訪れたことがあるほどの馴染みで貧乏時代から世話になっている豚汁飯(デジクッパ)店の女将さん(キム・ヨンエ)が、ウソクを頼って泣きついてくる。息子のチヌ(イム・シワン)が赤狩りに巻き込まれ、思想犯という冤罪を着せられてしまったのだと言う。だがそれは、ウソクの順風満帆な弁護士生命どころか平和な市民生活をも揺るがしかねない、危険極まりない案件であった――。
映画『弁護人』で特筆すべきは、作品全体を覆う重厚な空気感である。
キャラクター設定や人物造形、時代背景に則した素晴らしい美術、そして、ヤン・ウソク監督とユン・ヒョノの筆による確りとしたシナリオ、熱演で呼応する出演陣。その一つ一つが緻密に丹念に積み上げられた結果、物語は私たちが生きる現実社会と地続きのリアリティを帯びる。
それでいて、時にはユーモアも交え、飽くまでも娯楽性を重視している。ヤン・ウソク監督の演出手腕は、『弁護人』が長編デビュー作とは思えないほど、本当に見事なものである。軽妙洒脱に幕を開けるオープニングは、誰もが予想を裏切られたと感じるであろう。もちろん、良い意味で。
物語を語る上で、1981年9月に起きた“釜林(プリム)事件”を外す訳にはいかない。『弁護人』に与えた影響のみならず、韓国社会に与えた衝撃は並大抵のことではなかった。
釜林事件では22人が逮捕・勾留され、内19人が反社会的な思想犯として起訴されたが、現在では冤罪とされ、冤罪被害者の名誉回復も行われている。この大規模な公安事件を担当したのは、盧武鉉弁護士であった。そう、後の大韓民国第16代大統領ノ・ムヒョンである。釜林事件は盧武鉉元大統領が政治の道を志す切っ掛けとなった案件とも言われ、文字通り韓国の未来に直接的な影響を与えた重大事件だったのだ。
そして、主人公ウソク弁護士のキャラ造型と、故・盧武鉉元大統領との共通点は多い。商業高校を卒業後、独学で司法試験に合格した。税務を専門とする釜山でも指折りの辣腕弁護士として名を馳せ、ヨットを購入した……等、枚挙にいとまがない。
そんな作品のバックボーンを考えると、主人公ソン・ウソク役は生半可な演技で許されるはずもない。だが、そこは『殺人の追憶』(監督:ポン・ジュノ/2003年/130分)『グエムル 漢江の怪物』(監督:ポン・ジュノ/2006年/120分)『青い塩』(監督:イ・ヒョンスン/2012年/122分)などで国内外問わず絶賛され続ける名優ソン・ガンホ、文句の付けようのない演技で観客を唸らせる。
『弁護人』では、ウソク弁護士の人間的な成長が作品の根幹を成す大きなテーマである。1971年、1978年、1981年、1987年と、物語は幾つかの年代を経るのだが、その時代ごとにウソクは劇的な成長を見せる。年代によって演じ分けるのではなく、成長する“瞬間”を年代ごとに演じ切るのである。これは本当に意欲的かつ危険なチャレンジだっただろうが、ソン・ガンホは見事にやり遂げるのだ。
そんなソン・ガンホに、チョン・ウォンジュン、キム・ヨンエ、オ・ダルス、イ・ハンナ、イ・ソンミンなど豪華競演陣が熱演を以て応える。また、【ZE:A】イム・シワンの銀幕デビューとは思えない演技には瞬き禁止だ。
そして、少ない出番ながら物語のキーマンとなるシム・ヒソプを、敵役として圧倒的な(実に!)存在感を見せ付けるクァク・ドウォンを、お観逃し無く。
『弁護人』は、重厚な社会派ドラマであり、優れたエンターテインメント作品である。2013年に公開された韓国では1100万人を動員した歴史的ヒット作であるから、前情報なしで十二分に楽しめる傑作であることは間違いない。
しかし、物語の舞台となった時代背景を理解しておくと作品鑑賞がより深いものとなるので、韓国情勢についておさらいしておくことは無駄ではない。
第二次世界大戦の終結により分断国家となった朝鮮半島は、1950年に朝鮮戦争が勃発すると軍事政権化が不可避となった。1953年に休戦を迎えたものの李承晩(イ・スンマン)大統領の独裁体制は続き、1960年【四月革命】により李承晩体制が倒れた後も朴正煕(パク・チョンヒ)大統領へと引き継がれることとなる。ベトナム戦争の特需に沸いた経済であるが、そのベトナム戦争が行き詰まりを見せる1970年代になると韓国でも民主化運動が活発となる。軍事政権打倒を目指す民衆は一部が左翼過激派と結びつき暴徒化し、学生運動も次第に規模が大きくなった。
朴正煕暗殺事件(【10・26事件】)を機に一気に民主化に向かうかと思われた(【ソウルの春】)が、【粛軍クーデター】で実権を軍部に戻した全斗煥(チョン・ドゥファン)により独裁は続くことになった。朴正煕暗殺事件も、ソウルの春も、粛軍クーデターも、共に1979年の出来事である。第四共和国体制の終焉、第五共和国体制の成立――韓国社会の民主化は、まだまだ道半ばであった。
映画『弁護人』は、激動の社会情勢に右往左往する人々に穏やかに寄り添い、腐敗した権力構造を鋭く糾弾する。
『弁護人』は、懐の深い作品である。
優れた社会性を、煌めく娯楽性を……そして、深い時代性を、じっくりと堪能してほしい。
文:高橋アツシ
『弁護人』
11月12日より新宿シネマカリテ、12月17日よりセンチュリーシネマ、ほか全国順次公開
配給:彩プロ
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