Journey…そっと、手を振って『Start Line』鑑賞記
2016年9月7~11日の5日間、今年も【あいち国際女性映画祭】(略称:AIWFF)が開催された。国内唯一の女性映画祭で、今回で21回目を数える伝統あるフィルムフェスティバルである。
2016年のAIWFFも、吉永小百合さん(『母と暮せば』主演/2015年/130分)、桃井かおり監督(『火 Hee』監督・出演/2016年/72分)など絢爛かつ豪華なゲストが訪れ、映画祭を大いに盛り上げた。
また、フィルム・コンペディションでは、【金のコノハズク賞】(長編部門グランプリ)に『海へ 朴さんの手紙』(2016年/70分)の久保田桂子監督が、【金のカキツバタ賞】(短編部門グランプリ)に『私は渦の底から』(2015年/27分)の野本梢監督が、【観客賞】に『だんらん』(2015年/18分)の生見司織監督がそれぞれ選出され、9月10日の授賞式では大勢の映画ファンから惜しみない拍手が送られた。
そんなAIWFF2016の招待作品として9月8日と10日に上映され、2回とも大入り満員となった映画があった。メイン会場のウィルあいち(名古屋市 東区)では定員360名の大会議室を満席にし、榊原純夫市長も挨拶に訪れた10年振りの開催となる半田市会場では470人もの観客を集めた作品は、『Start Line スタートライン』という。『珈琲とエンピツ』(2012年/68分)、『架け橋 きこえなかった3.11』(2013年/73分)と、良質なドキュメンタリー作品を精力的に発表し続けている今村彩子監督の最新作である。
『Start Line』ストーリー:
今村彩子は、ドキュメンタリー映画の監督である。コミュニケーションが苦手な自分を変える為、落ち込んでいる現状を打破する為、ある計画を立てる。それは、自転車で沖縄から北海道まで日本を縦断するという、無謀な旅。だが、彼女の自転車歴は、まだ1年……なんたる、無鉄砲!
同行する伴走者・堀田哲生と今村監督は、この無茶な旅に、更に過酷なルールを課す。
1.自転車のパンク・タイヤチューブ交換などの簡単なことは助けない。
2.撮影すること以外は助けない。
3.私(今村監督)と旅で出会った聞こえる人との通訳はしない。
4.宿の手配やキャンセルなど私の代わりに電話をするということはしない。
5.私が道に迷っても教えない。
実は今村監督、生まれながらの聴覚障がいがあるのだ。こうなるともう、苦行が好きなのかと疑ってしまうレベルである。
走行距離…3,824km、日程…57日間、訪れた都道府県…26という“Great Journey”……小さな映画監督の大きな一歩が、今はじまる――。
「これ、実物を見てみたかったんですよ……思ってたより、ボロボロですね」
『Start Line』終映後、劇中で登場した“日本縦断中”と大きく手書きされた旗を手に取った司会進行の涼夏さんは、感慨深げに広げてみせた。
「ずっと掛けて走っていたので……汗とか、涙とか、色々なものが……」
舞台挨拶に登壇した今村彩子監督はそう言うと、とても素敵な笑顔を見せた。
【あいち国際女性映画祭】半田市会場に詰めかけた観客で埋まったアイプラザ半田(半田市 東洋町)講堂は、割れんばかりの拍手で空気が震えた。
――今村監督、半田は初めてですか?
今村彩子監督 いえ、初めてではないです。手話サークルとか講習会に呼ばれて、話をさせていただいてます。今日は手話サークルの方、手話を勉強されてる方も何人か来られてます。
――今日は、朝から来られたんですよね?
今村監督 (涼夏さんと)一緒に、赤レンガを見に行きましたよね(笑)。
――どうして、自転車で日本縦断をやろうと思ったんですか?
今村監督 切っ掛けは二つありまして、先ず、クロスバイク……ママチャリとは違いタイヤが細い自転車なんですが、私の家の周りは坂道が一杯あってママチャリだと大変なんですけど、「クロスバイクなら大丈夫だよ」と友人に言われ、試しに乗ってみたんです。そうしたら、上り坂も楽に漕げてしまって、すぐに欲しくなり買ったのが一つの切っ掛けです。もう一つは、2年前の夏に母が、その3ヵ月後に祖父が亡くなって、凄く落ち込んでいた時があったんです。その時は生きる気力も無くなって、何のために生きているか分からない、もう死にたい、っていう時期があったんですね。そんな時、久しぶりにクロスバイクに乗ってみたら、凄く楽しくて……死ぬ気になるくらいだったら、沖縄から北海道まで日本を縦断して映画を撮ろう!って思ったんです。
――物語に無くてはならない“哲(堀田哲生)さん”ですが、なぜ哲さんに伴走者をお願いしてみようと思ったんですか?
今村監督 私にクロスバイクの楽しさを教えてくれたのが、哲さんでした。クロスバイクを買って、「この街まで行けた」「あそこまで自分の脚で行けた」と凄く感動して、その度に哲さんに報告していたんです。その中で、「私、自転車で沖縄から北海道まで日本縦断してみたい」と話したら、「それは、凄く良いことだね!」って言ってくれたんです。「伴走者……私しかいないよね」みたいな話になったんですよね。その時は哲さんも、こんなに大変なことになるとは考えていなかったから、伴走者になることを引き受けてくれたんですよね(笑)。
――哲さんが、「監督、これをいつ見るんだろう」とカメラに向かってぼやいてるシーンがありました。結局あれは、いつ御覧になったんですか?
今村監督 旅が終わった後、映画の編集をするために撮った映像を見たんです。その時に「哲さん、こんなこと言ってる!」って(場内笑)、終わった後に気付きました。パンクしてた自転車のことで哲さんが叱ってたところがありましたよね……あそこも、まさかカメラが回っているとは思っていなかったんです。それも、終わった後に見て……「ああっ!」って(場内大笑)。
――監督が叱られている場面、格好悪い場面が多いような気がします。撮影時間は膨大ですから、もっと素敵なシーンも多かったのでは?
今村監督 日本縦断に挑戦して、出来たという気持ちよりも、出来なかったという気持ちの方が大きかったんですね。よく出来たことも、それなりの映像もあるんですけど、それだけを集めて編集しても自分としては違う……納得がいかないです。それなら、恥ずかしいんですけれど、自分の駄目なところ、弱いところを見せようと。哲さんが、「今回の旅で、もしあなたが「出来なかった」って思うのであれば、その出来なかったことを映画に素直に出したらどうか」って言ってくれたんです。私もそうだなと思い、映画に自分のダメなところも出しました。
上映イベント終了後も今村監督は会場に残り、自らの手でパンフレットやDVD、グッズの販売を行った。サインや写真に笑顔で応じる今村監督には、今観たばかりの『Start Line』への感想や質問が飛んだ。映画から凄まじいパワーをもらった観客は、“Great Journey”(素晴らしい旅)を成し遂げた今村監督に直接その熱量をフィードバックせんが為、アイプラザ半田のロビーに長い長い列を作った。
そんな熱気も冷めやらぬまま、お忙しいスケジュールの合間にお時間を頂き、今村監督へのインタビューを取ることができた。インタビュアーは、涼夏さんにお願いした。
今村監督、涼夏さん、無理なお願いを聞いてくださり、本当にありがとうございました。
Q.今回の作品、費用はどのように集められたんですか?
今村監督 企画書を作り、色々な会社にメールで送りました。お金もそうなんですけど、一番の目的は、映画を沢山の人に観てもらうことです。宣伝も協力していただけるかなと思いまして、知り合いの方にも、会ったこともない方にも、お願いしました。友達からクラウドファンディングを勧められて、集まるとは思っていなかったんですが、やってみても損はしないくらいの気持ちでいたら……6日間で、目標金額を達成しまして。その年のクラウドファンディングの【Lady賞】に選んでいただきました。
Q.映画の裏話を教えていただけますか?
今村監督 哲さんが痩せた理由は、北海道に入ってからも険悪な仲だったので……哲さんにプロテインを渡さなかったからです(笑)。私は道中、寝る前と起きた時にプロテインを飲んでたんですね。1日8,000kcalくらい消費するので、食べるだけではカロリー摂取が追い着かないんです。映画が完成し、東京の試写会で哲さんは「私は、北海道でプロテインをもらわなかった。だから、(飲んでいた監督と比べると)プロテインの効果が一目瞭然です!」って挨拶してました(笑)。プロテインを協賛してくださった会社の方もいらっしゃったんで、「御社のプロテインは、凄く効果がありました」って(笑)!
Q.走っていて、一番楽しかった区間はどの辺りなんですか?
今村監督 北海道のオロロンライン、利尻富士が見える辺りです。天気が凄く良くて、海が凄く綺麗で、天国みたいな場所でした。道も広いし……一本道なので迷わないですし(笑)。
Q.次回作の構想は、ありますか?
今村監督 それが、無くなってしまったんです。「撮りたい!」って気持ちはあるんですけど、何を撮りたいのか今は分からなくなってしまっていて。それまでは「聞こえない人のことを知ってもらいたい」という気持ちで6年間撮り続けたんですけど、今回の旅でウィルが言ってた「ピープル インサイド“オナジ”」で、「ああ、そうなんだな……わざわざ聞こえない人たちのことを私が伝えなくても、良いんだ」って。“聞こえる”“聞こえない”に拘らず、感じたことにカメラを向けたいと思っています……今はまだ、それに出会っていないだけで。だから、今後もドキュメンタリーでやって行きたいとは思っています。
Q.哲さんにしてもウィルさんにしても、旅の中で言われたことが凄く生きてますね?
今村監督 哲さんには、本当に感謝しています。ウィルは、本当に凄い人だと思ってます。聞こえる、聞こえないだけでなく、日本語が通じる、通じない……そんなことを考える以前に、言葉が出る。人間として出来てる、素晴らしい人です。だから、旅の途中で一緒に居て辛くなる時もありました……出来ない自分と比べてしまって(苦笑)。映画も完成したし旅も終わったんですが、出来なかったって気持ちの方が大きいです。でも、私の人生はまだこれからですので、色々練習していこうと思って……今、映画の宣伝で地方に行く時は、あれだけ嫌だったゲストハウスに泊まるようになりました(笑)。コミュニケーションって、話したいと思う人がいるから、話したいって気持ちが生まれるんですよね。私は、順番を間違えてた……「コミュニケーションしなきゃ!」って気持ちが先ずあったので。何が何でもコミュニケーションを取る必要は無く、それは聞こえる、聞こえないは関係なく、話したい時に話す。話に入れないと思う時は、無理して入らない……いい感じで力が抜けました。
K’s cinema(新宿区 新宿)で大好評公開中の『Start Line』は、今後も全国各地での上映が決まっている。
9月17日からシネマスコーレ(名古屋市 中村区)で、10月1日から第七藝術劇場(大阪市 淀川区)で、その後も、神戸アートビレッジセンター(神戸市 兵庫区)、新潟・市民映画館 シネ・ウインド(新潟市 中央区)、宮崎キネマ館(宮崎市 橘通東)、桜井薬局セントラルホール(仙台市 青葉区)、京都シネマ(京都市 四条烏丸)と、全国各地を飛びまわる、否、走りまわる。
“日本縦断中”の旗に染みこんだ「汗とか、涙とか、色々なもの」の“色々”は何なのか……是非とも劇場へ、112分に凝縮された旅へ出かけてほしい。
K’s cinemaでは9月30日まで上映が決まっており、今後もイベントが目白押しなので『Start Line』公式サイトで是非ご確認を。シネマスコーレでは9月17日・18日に、第七藝術劇場では10月8日に舞台挨拶が予定されているそうなので、“素晴らしい旅”を終えた今村彩子監督に会いにいってほしい。
日本を縦断した自転車は、はじめの一歩が踏み出せず丸くなった背中を、そっと押してくれるはずだ。
今村彩子監督の笑顔は、引っ込み思案で挫けそうな心に、優しく寄り添い伴走してくれるはずだ。
映画『Start Line』とは、そんな作品――コミュニケーションが苦手な、あなたの為の作品である。
取材 高橋アツシ