ひそひそ声を強いられる前に『ひそひそ星』鑑賞記
2016年5月14日、生まれ育ったホームグラウンドとも言うべき名古屋シネマテーク(名古屋市 千種区)に、最新作『ひそひそ星』を引っ提げて園子温監督が帰ってきた。
しかも、公私ともに“園子温のミューズ”である『ひそひそ星』主演の神楽坂恵を伴っての登壇であるから、観客席が90名の超満員で殺気立っていたのも致し方ないことなのであった。
園子温監督 この映画は25年前にシナリオを書きまして、ロビーに飾ってありますが、絵コンテも555枚全シーン・全カット描き上げて、当時作ろうと思ってたんですけど、資金繰りとか色んな問題がありまして制作できなかった映画なんです。一昨年、ウチの奥さん(神楽坂恵)と僕で【SION PRODUCTION】と言う映画制作会社を設立して、1回目の作品を考えていたんです。4~5年前に『希望の国』(2012年/133分)と言う映画を撮ったんですけど、その時の僕はもう1本福島の映画を撮りたいと思っていたんですね。『希望の国』は凄く政治的メッセージの強い映画だったんですけど、今度作る映画はあの福島の無人区域の風景の映画を撮りたいと思ってたんです。当時、無人の風景や神楽坂恵にも歩いてもらって、僕は16mmフィルムでいっぱい撮ってたんですが、「これはまだ映画とは言えないのかな?」と……とにかく、福島の風景が言葉を喋り出す、風景が物語を語るような映画を作りたかったんです。SION PRODUCTIONを設立した時、25年前のシナリオを読んで、風景論の映画を撮ろうとしてたあの時に物凄くマッチする、この『ひそひそ星』のシナリオを使えばそれが出来ることが分かったんです。【SION PRODUCTION】第1回目の作品はこれにしようと思い立ったんですね。そうですよね、神楽坂さん?
神楽坂恵 そうですね(急に話を振られて、慌てた様子で)……その通りだと思います(笑)。
園監督 25年前のシナリオに基づいて、ほぼ99%忠実に、絵コンテもそれに沿って、作っていきました。25年前の僕は、高円寺か荻窪……高円寺かな?の四畳半に暮らしてたんです。そこは畳で、『ひそひそ星』の宇宙船とほぼ同じ感じで……絵コンテを描きながら、映画100年の中でSF映画もいっぱいあっただろうけど、今まで想像も着かなかった斬新な宇宙船にしたくて、ああ言うのを思い付きました。その頃って、野心的だったんでしょうね……僕は25年前の僕のことを“彼”って呼んでるんですけど、彼の野心をそのままリスペクトして、あんまり壊したりしないで作り終えようと思ってたんです。この映画って、ほとんど1シーン毎に重層的……4つくらいの色んな意味があるので、観た方はそれぞれ違う観方が出来るって言うか、違う観方をする為の映画だと思ってます。だから、質疑応答するとしても、僕の言うことは“正解”ではないと考えて頂ければと思うんです。何か、ありますか(笑)?
神楽坂 凄い大切にずっと持っていた作品に私が主演に立たせもらうことが出来て、とっても光栄だと思いますよ(笑)。
園監督 出てくる人は皆、親しい人だけにしたかったんです。『希望の国』で福島の仮設住宅の人々とか避難して家に戻れない人を取材してたんですが、そんな人たちがこの映画で演技して彼女(神楽坂)と会話するシーンとかやってるんですね。凄く自分の中で、手練(てだれ)と言うか有名な俳優さんを入れたくなかったんです。音の設定だけで、1年間何回もダビングし直して……
神楽坂 そうですよね。試写会が終わってからも、直したりもして……
園監督 商業映画ではあり得ないような作り方で、ゆっくりと作り上げた感じです。
――神楽坂さん、撮影で印象に残っていることは?(司会進行:名古屋シネマテーク平野勇治支配人)
神楽坂 スタッフも素晴らしくて、宇宙船のセットも凄い物を作って頂きました。印象と言うと、そうですね……凄く怒られるシーンがあったんです。凄く厳しく、『恋の罪』(2011年/144分)とか『冷たい熱帯魚』(2010年/146分)を彷彿とさせるシーンもあったりして、凄く身が引き締まりました。
――神楽坂さんは、今回出演だけでなくプロデュースでも係わられてますよね?
神楽坂 普段は見えない、お金のこと……どこにどれだけ掛かってるのか、そう言うことも知れて良かったと思います。
園監督 2人だけの制作会社なんで、自主映画作る時に「君がプロデューサーやって」ってスタンスと、そう変わらないんです。それがちょっと規模を大きくやっただけかと。撮影中は芝居に集中してもらいました。こう言う「自分の映画を作りたい」って時のプロダクションって、大昔は若松孝二の若松プロとか、大島プロダクションとか、新藤兼人のプロダクションとか……色々あったんですけど今は余り無くなって来たんで、もう一回やってみるのもいいんじゃないかと思ってます。
――エンドロールが無いですね?
園監督 僕は昔の映画が、エンドロールが無い時代の映画が大好きなんです。あの、キリのいい感じが。エンドロールって言うものが始まってから、ラストシーンの印象が変わったと思うんですよ。エンドロールの余韻って、僕はあんまり好きじゃないんです。エンドロールが無い分、昔の映画は鮮やかに終わらなきゃいけない……そのスパッとしてるのが、良いんですよね。それから、この映画に於いては、エンドロールで仮設住宅の方々の名前を流すのは違うかなって……従来の映画みたいな形にすることもないと思いまして。
――劇中に亀が出てきますが?
園監督 『ラブ&ピース』(2015年/117分)と同じ亀です。あれは、本当に園組の俳優なんで(場内笑)。これからも、亀が出たら彼なんです。
――25年前のシナリオに、亀はいたんですか?
園監督 それは……どうだったかな……?
神楽坂 絵コンテに、ありましたかね……?
園監督 『ラブ&ピース』の亀を、どうしても出したかったってことじゃないかと……。それは例えば、「でんでんさんの役は、今回これだ!」って振り絞って出すようなものであって(場内爆笑)。動物タレントが“動くのが得意”“静止が得意”とか何タイプかあるようなもので、『ラブ&ピース』の亀も、メインは“静止タイプ”、引き絵には“動き回るタイプ”……色々用意してますが、どの亀も今もすくすくとデカくなってます。
――エンケン(遠藤賢司)さんや森康子さん、池田優斗くんが出演されてますが、経緯は?
園監督 現地(福島)の人だけでやるってアイデアもあったんですけど、カット数がいっぱいあるとしんどいじゃないですか。そんなシーンは、やっぱりタフそうな人にやってもらった方が良いと思って、1人は女優さん、もう1人はシンガーになりました。エンケンさんとは、新作のジャケットが神楽坂恵だったことで縁がありまして、『ひそひそ星』をやろうとする時にイメージがピタッと決まったんですね。池田くんは、オーディションです。
――神楽坂さんがマッチを持って移動するシーンが、とても印象的でした
園監督 あのシーンは台詞が特に大事で、色んな意味があるんですけど……あそこは特に厳しくやったよね。
神楽坂 「火を持ちながら、消さずに最後まで行け!」って言われて。スタジオは風が抜けるんで、ある一定の所に来たら絶対に消えちゃうんですよ。それが滅茶苦茶怒られて……何十回も(笑)!そこです、私が凄く怒られたシーンと言うのは(場内爆笑)。
2015年11月21日TOHOシネマズ日劇(千代田区 有楽町)にて、【第16回東京フィルメックス】にも園監督ご夫妻は登壇され、『ひそひそ星』についてトークされた。興味深いことに、同様の質問に対して微妙に言い回し・ニュアンスが変わっていたりする。
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これはまさに、園監督が言及した『ひそひそ星』が内包する“重層的”な意義に他ならない。
名古屋シネマテークでは、【園子温監督《大ヒット御礼》舞台挨拶】の緊急開催が決定した。
5月22日(日)『ひそひそ星』10:40〜の上映回、園子温監督が再び…三たび、降臨する。
また、5月22日の名古屋シネマテークは、もう1本舞台挨拶が決まっている。
ドキュメンタリー映画『園子温という生きもの』16:30〜の上映回、大島新監督が登壇するのだ。
名古屋シネマテークの【園子温まつり】はまだまだ終わらないので、どうかお観逃しなく。
観る人の数だけ“観方”が存在する映画『ひそひそ星』、私たち観客は重層的な観点を広く共有したいものだ。
幸か不幸か、私たちの生きる社会は、まだギリギリ“ひそひそ”と話さなくても許されるのだから――。
取材 高橋アツシ