目指した先に在るものは――『山河ノスタルジア』レビュー
常に視野が広い上に斬新な視点で映画ファンを驚かし続けるジャ・ジャンクー(賈 樟柯)監督待望の新作が、いよいよ公開となる。4月23日より全国ロードショーが始まる、『山河ノスタルジア』である。
『長江哀歌』(2006年/108分)『罪の手ざわり』(2013年/129分)と人々の心象に寄り添い行き場の無い日常の絶望と希望をリアルに写し出すジャ監督は、『山河ノスタルジア』で文明の深化とアイデンティティの喪失と言う壮大なテーマを掲げる。
『山河ノスタルジア』ストーリー:
1999年の春節、山東省汾陽(フェンヤン)は香港返還を間近に控え歓迎ムードに沸いていた。教師タオ(チャオ・タオ)は炭鉱で働くリャンズー(リャン・ジンドン)と相思相愛の仲だが、実業家ジンシェン(チャン・イー)からも強引な求愛を受けている。ジンシェンの赤いドイツ車で黄河河畔にドライブに出かけるなど青春を謳歌する三人だが、その関係は次第にギクシャクし始める。タオが、結婚した相手とは――。
2014年、離婚したタオは独り汾陽で暮らしている。かつての恋人は病に倒れ貧困に喘ぐなど豊かではないにしろ、何とか日々を生活している。父が亡くなったことで、タオは久しぶりに息子ダオラーと会う。離れていた歳月を取り戻すかのように、次第に心を通わせる母子。別れの日、タオが選んだ交通手段とは――。
2025年オーストラリア、ダラー(ドン・ズージェン)は華僑だが中国語を話す事が出来ない。英語に不自由な父と会話することすらままならない日常で、ダラーは今の生活から逃避したい気持ちを募らせている。中国語教師の中年女性ミア(シルヴィア・チャン)と親しくなる中、ダラーは生き別れの母に想いを巡らせる。母と年月も距離も越えて交感する切っ掛けとなったものとは――。
1999年、本格的に機能し出した資本主義経済の潮流は、中国の地方都市の日常生活をも一変させる。良好だった幼馴染の仲は、脆くも崩れ去る。
2014年、インターネット環境と通信端末の普及により生じた地理的、時間的な認識のギャップが、社会的格差を助長させる。タブレットの向こうに、見たくもない顔があり、聞きたくもない話をする破目になる。
2025年、翻訳ソフトの進歩に伴い異言語でのコミュニケーションが可能となる一方、家族を含む人間関係の希薄さは加速している。故郷を遠く離れた男が、「彼の息子は僕じゃなくてGoogle翻訳だ」と吐き捨てる。
500年前、黄金の島を求めた男は、船を西に向けた。金銀砂子の島の代わりに新世界を見付けたが、恐ろしい伝染病を持ち帰った。
150年前、ゴールドラッシュに沸く新大陸で、移民たちは砂金を求めて西を目指した。元々その土地に住む人々の暮らしは、蹂躙された。
100年前、東洋の貧しい国々は、富国強兵を目標に掲げた。西洋社会を手本とするその先に待っていたのは、帝国主義による植民地支配であった。
30年前、世界を二分していたイデオロギーの片翼が崩壊した。西と東とを分け隔てていると信じられてきた鉄製のカーテンは、民衆のハンマーで砕けるほど脆い壁だった。
我々の営む社会は、大規模に、冷酷に、唐突に、移り行き、瓦解し、蘇る。自らの思惑をも顧みず――「Go West!」と熱狂する人々を嘲笑うかのように。
私たちは、世界平和などと言う絵空事を永遠に夢に見続ける“世界市民の蛹”なのだろう。
繭の中に居ることの心地好さ、絶望感、そして殻を破ることの空恐ろしさ、使命感……そんな相反する想いが渦巻く、壮大でちっぽけな箱庭――ジャ・ジャンクー作品が銀幕に映してくれるのは、いつもそんな景色である。
文 高橋アツシ
『山河ノスタルジア』
出演:チャオ・タオ(『長江哀歌』『罪の手ざわり』)、チャン・イー(『黄金時代』『最愛の子』)、リャン・ジンドン(『プラットホーム』)、ドン・ズージェン、シルヴィア・チャン(『恋人たちの食卓』)
監督・脚本:ジャ・ジャンクー、撮影:ユー・リクウァイ、音楽:半野喜弘、プロデューサー:市山尚三
製作:上海電影集団、Xstream Pictures、北京潤錦投資公司、MK Productions、ARTE、CNC、バンダイビジュアル、ビターズ・エンド、オフィス北野
配給:ビターズ・エンド、オフィス北野、2015 年/中国=日本=フランス/125 分
提供:バンダイビジュアル、ビターズ・エンド/オフィス北野、原題:山河故人
第68回カンヌ国際映画祭 コンペティション部門正式出品、第63回サンセバスチャン国際映画祭 観客賞(ヨーロッパ映画)、第52回台湾金馬奨 オリジナル脚本賞・観客賞
©Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano 英題:Mountains May Depart
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