『1001グラム ハカリしれない愛のこと』ベント・ハーメル監督来日舞台挨拶
幸せの基準は誰のもの?愛の重さは何グラム?
名匠監督が見出す人間の可笑しみ。それは日常の小さな事柄を奇跡に変えること。
『キッチン・ストーリー』や『ホルテンさんのはじめての冒険』で愛すべきおじさん主人公たちを生み出し、今年度の第28回東京国際映画祭 (2015)「コンペティション」部門の審査員を務めているベント・ハーメル監督。お忙しい映画祭の合間を縫って、最新作『1001グラム ハカリしれない愛のこと』の初日舞台挨拶に登場しました。(2015年10月31日 Bunkamura ル・シネマ)
Q:本作の主人公の女性が変わった職業に就いていて、“計量研究所”や“キログラム原器”という言葉を初めて聞いた方も多かったと思います。こういった着想をどこから得られたのか教えてください。
ハーメル監督:実は私もあまり“キログラム原器”や、こういう研究をされている方がいることをよく知らなかったのです。唯一知っていたのが給油所にシールが貼ってあって、そこに「この研究所によってコントロールされています」って書いてあったのです。何年も前にたまたまラジオを聞いていたら、ノルウェーの“キログラム原器”やメートルについてのドキュメンタリーをやっていて、面白いなと思ったのです。その時は、まさか映画のアイディアのベースになるものだとは思わず、頭の中のアイディア袋にずっとしまっておいたのです。その後メキシコに行くチャンスがあって、たまたまノルウェー国立計量研究所で、建物を建築された女性の方にお会いました。彼女が案内して下さって、色々な科学者の方ともお会いして、そこから色々勉強をしていったという感じなのです。色々と学ぶ中で、7つの基本単位 (SI基本単位/メートル・キログラム・秒・アンペア・ケルビン・カンデラ・モル) といわれるものが我々の世界にはあって、それを如何に定義していくのかがとても難しいということを知りました。
メートルは定義することが出来たのですが、キログラムは未だに定義が出来ていません。そのため物理的な“キログラム原器”というものが今でも使われていることを知りました。確か1890年くらいから、125年以上続けてこの形でやられているそうです。
元々イリジウムとプラチナの合金で出来ていて、最初に40個作ったそうです。ところが、この段階から失敗をやらかしまして、36番目の証明書を付けるのを忘れたことがあったそうです。やはり人間が関わると、どうしてもエラーが出てしまう。これが今回の1グラムの部分になるのかもしれません。そういったお話を伺ったり、各国のみなさんが“キログラム原器”をパリに持ち寄って、果たして本当にキログラムなのか、計算しなければならないということを知りました。実際のところ、たくさんある“キログラム原器”の中で、どれが本当のキログラムなのかがわからないそうです。こういったところも非常に面白いなと思って、脚本を書き進めていきました。そして実は、この“キログラム原器”をなくした国が本当にあったのです。噂に聞いていたので、パリの国際度量衡局に行った時に勇気を出して聞いてみたのです。「なくした国があったのは本当なんでしょうか??」と聞いたら、「本当です」って仰っていました。どの国かは教えてもらえなかったのですが、どうもラテンアメリカのどこかの国だったようです。
Q:今までおじさんを主人公にした作品が多かったのですが、今回女性を主人公にした理由を教えてください。
ハーメル監督:その質問、よく聞かれるのです。今回もみなさまのご期待に答えて、おじさんを主役にした方が良かったのかなと思ったりもします。それは冗談ですが(笑)。今回はアーネさんという素晴らしい女優さんを起用することが出来ました。時々インタビューで「もし男性が主人公だったら、物語は変わったのでしょうか??」と聞かれたりしました。答えは、変わらないと思います。何故かというとこの作品は、我々の抱える孤独だったり、もちろん科学にも触れている作品ですが、それよりも人間の持つ孤独や、自分をはかってしまうものさしだったり、そういう指標を求めてしまう性であったり。そういうものについての作品だと思っているのです。ですから、主人公が男性であったとしても、私のアプローチは変わらなかったと思います。究極的には人間の話です。アーネともその話はよくしました。彼女はおじさんではなく本物の女性ですよね??(笑)
Q:監督は、観客のみなさんにどのような感情を持って帰っていただきたいと思いますか??
ハーメル監督:本当に愛というものは、はかることが出来ないものだと感じています。私はノルウェーという、とても小さいけど裕福な国の出身です。最近ノルウェーについての統計を取ったところ、「ノルウェーの国民はあまり幸せではない」という結果が出てしまったのです。それを聞くとなにか悲しいなと思ったり、もしかしたらこの作品と通じる部分があるのかもしれないと考えました。人が生きる上で、何か自分の重さがはかれる指標みたいなものを求めてしまうとお伝えしましたが、もしかしたらある程度、そういうものも我々には必要なのかもしれません。それならば、どんな指標であるべきか、どんなものさしやハカリであるべきか、とも思うのです。例えば「明日、愛する方たちがみんな幸せに安心に暮らせる」ということを知っていられるのであれば、幸せに暮らしていけるのかもしれない。そのちょっとした小さなこと。つまり私が興味があるのは、この1000グラムではなく1グラムの部分なんです。みなさんにも、何かそういう部分が伝わったら嬉しいです。
取材:佐藤ありす
【ストーリー】
計測のエキスパートが計らずもパリで見つけた心のハカリとは?
マリエ (アーネ・ダール・トルプ) は、ノルウェー国立計量研究所に勤める科学者。スキージャンプ台の長さからガソリンスタンドの計器のチェックまで、あらゆる計測に関するエキスパートだが、結婚生活は規格通りにゆかず、現在離婚手続き中。そんな折、重さの基準となる自国の《キログラム原器》を携えてパリでの国際セミナーに代理出席することになる。1キログラムの新しい定義をめぐって議論が交わされるパリで、”パイ”(ロラン・ストッケル) という名の男性と出会うマリエ。パリの街角で見つけた、今までの幸せの基準を一新する、心のハカリとは?
『1001グラム ハカリしれない愛のこと』PG-12
監督&脚本&製作:ベント・ハーメル
出演:アーネ・ダール・トルプ、ロラン・ストッケル
BulBul Film, Pandora Film Produktion, Slot Machine © 2014
Bunkamura ル・シネマにて大ヒット公開中!ほか、全国順次公開決定!
http://1001grams-movie.com/