『二人の女勝負師』 池田眞也監督・笠原千尋ロングインタビュー


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『二人の女勝負師』 池田眞也監督・笠原千尋ロングインタビュー

2015年6月27日(土)午後、名古屋市西図書館(名古屋市 西区)ではエレベーターを待つ人々がごった返していた。同建屋地下3Fの名古屋市西文化小劇場へ向かう人の群れであった。
この日は、本格将棋エンターテインメント映画『二人の女勝負師』の上映会が開催され、雨を押して集まった120人もの映画ファン・将棋ファンでホールは盛況となった。

「『二人の女勝負師』は将棋をテーマにした作品で、将棋を知っている人はもちろんですが、知らない人でも楽しめる作品です」

上映前の舞台挨拶に立った池田眞也監督は、こう声を弾ませた。地元、愛知県稲沢市出身の池田氏は、監督・脚本・編集・音楽と4役をこなす多才な映画人である。

「劇中で将棋を指すに当たって、将棋の知識が必要な役者、必要じゃない役者を問わず、将棋の練習をやりました。女流棋士の中倉(宏美 女流二段)先生にもご協力を頂いて、どうやったら棋士の方みたいに綺麗に指せるのか教えていただいたあの一ヶ月間は、撮影期間よりも濃厚だった印象があります」

池田監督に続いて登壇した笠原千尋(主演)は、笑顔で述懐した。『彩~aja~』(監督:ふるいちやすし/2012年/49分)でモナコ国際映画祭・最優秀新人賞を受賞し、『神奈川芸術大学映像学科研究室』(監督:坂下雄一郎/2013年/70分)が大ヒットした台湾での人気も高い国際派女優である。

『二人の女勝負師』Story :
将棋女流名将戦五番勝負の最終局を控え、現在タイトルを独占している楢井叡美(笠原千尋)は挑戦者内田理沙子(早川知子)三段を迎え撃とうとしていた。叡美には気がかりなことがあった。幼いころからともに修行してきた兄弟弟子の石塚俊之(品田 誠)の年齢制限が間近に控えているのだ。次の奨励会の対局で昇段しなければ規定により将棋界から去らなければならない。そんな大事な時なのに師匠の吉田(小倉一郎)六段夫妻とともに激励に訪れた俊之に、叡美は時間を無駄にしているとなじり、いつものように喧嘩になってしまうのだった。そして奨励会の対局の日。俊之はあと一つ勝てば昇段にこぎつけるのだが、立ちはだかる相手は天才少年の誉れ高い増岡(速水 優)。増岡はあっという間に俊之の玉を追いつめるのだが、そこで俊之はある行動に出てしまう……。
挑戦者の内田理沙子は誰に対しても攻撃的な性格で将棋界ではみんなから嫌われている。九段の父親を持ち子どもの頃から厳しく将棋を叩きこまれたことがトラウマになっているのだ。苦労を重ねトッププロにまで上り詰め、やっと上の世代に勝てるようになったと思ったら、叡美が彗星のごとく現れ、挑戦まではなんども駒を進めるのに結局いままで一度もタイトルを取れずにいる。叡美に激しく闘志を燃やす理沙子。理沙子が最初に指した手に周囲は驚いた。矢倉に誘導する「8四歩」。一手の間違いで奈落の底に沈む急戦ではなく、本当に実力のあるものが勝つ持久戦。それは叡美が最も得意とする戦い方でもあった。つまり理沙子は叡美に対して真っ向勝負を挑んだのだ。
対局場の前に建つマンションで女性(上野山 沙織)が一人で暮している。彼女の様子がおかしいことに、叡美は気づいてしまった……。

上映が終了すると、観客席からは大きな、そして温かい拍手が沸きおこった。
熱気冷めやらぬ中、場所を移して御二人にインタビューすることが出来た。

――池田監督は『二人の女勝負師』が初監督ですが、製作された経緯を教えてください
池田「元々好きだった将棋の素晴らしさを、色々な方に知ってもらいたかったんですね。将棋って言うのは凄く論理的に考えなきゃいけないんだけれど、最後の最後は「分からない」に辿り着くんです。そこで、分からないけれども決断しなきゃいけない……感性も必要になってくる、右脳も左脳もフル回転する訳ですよ。すると、将棋のこと以外が頭から消えてしまう――その瞬間と言うのは、凄く気持ちがいいな、と。日常生活、皆さん苦しいこと悲しいことたくさん抱えているでしょうが、将棋を指すことで忘れることが出来る……“無”に成れる素晴らしさを伝えたくて。この作品に限らず、私が作家としてのテーマの一つは、“誰かの悲しみに寄り添える”ものを作りたいってことなんです」
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――その中でキャスティングは凄く重要だと思いますが、皆さんオーディションで?
池田「オーディションです。笠原は、女優としてオーラが凄い強く出てたんですよ。以前『父と暮せば』(監督:黒木和雄/脚本:黒木和雄・池田眞也/2004年/99分)で宮沢りえさんと一緒に仕事をしたことがあるんですけど、宮沢りえさんのオーラに近いものを感じました……ここだけの話、台詞を読んでもらうこともせず「お願いします」って言っちゃったんです(笑)。他の全員はやってもらったんですが、笠原だけは。何を作ろうとしていたのか、ちゃんと理解してくれてたんですよ。「叡美は、こう言う風ですよね。理沙子は、こう言う風ですよね」だけでなく、「将棋は、こう言う風ですよね」って将棋に対しても言及してくれたんです」

――笠原さんは、演じてみて如何でしたか?
笠原「叡美ちゃんは将棋以外の面は物凄く普通で、将棋に関しては無自覚に天才なので……強いことも自分がどんな立場なのかってことにも無自覚なので、女子大生が普通に大学通うくらいの“フラットさ”と言うか……普通で居ることに凄く努めていました。偏らない、バランスを常に取っているって感覚がありました」
――笠原さんは“憑依系”俳優のイメージがありますが、今回は素の笠原さんだったんですか?
笠原「多分、素の私だと女の子っぽく無いので(笑)……あと、毒気のある方に傾いてしまうので……ちょっと、素の自分からは重心を(役に)乗せたって言う感じですかね。でも、大幅に傾けたって感じではないです」
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――将棋を指すシーンには、並々ならぬ拘りを感じました
池田「一ヶ月くらい準備期間があったんですけど、演技の日と将棋の日ってのがありまして……将棋だけの稽古の日を設けまして(笑)」
笠原「……将棋の稽古が、ほとんどでしたよね(笑)」
池田「出演者の女流棋士・中倉宏美女流二段も来てくれまして……彼女も私の考えを理解してくれまして、途中から凄く燃えてました(笑)」
笠原「私も将棋経験がほぼ皆無で……やったことがあるのは、崩し将棋くらいの程度で(笑)。まず打つ手付きから……」
池田「“指す”!」
笠原「(苦笑)、“指す”手付きから教えていただき……形から入ったところで、じゃあ棋譜を憶えよう、と。必ず理由があって、そこに指す訳なので……どう言う風に動く能力を持つ駒なのか、何故そこに動くのか……細かく細かく教えていただいた結果、台本を憶えるように棋譜を憶えることが出来ました。台本も理由があって次の台詞を話す、行動に移すって言う部分が強いので、指していくうちに「台本と一緒じゃん!」って」

――劇中、吃驚するようなシーンが出てきます
池田「あれは、ちょうど一分間なんです」
笠原「実は、演じてる私はあんまり何も考えてなくて(笑)。単純に、冷静に考えて確認して……ってシーンだったので」
池田「凄く拘ったことが二つあるんです。一つは、「ざまあみろ、商業映画!」ってことで……あれは商業映画では絶対許されないことですが、「俺がお金払ってるんだから、作りたいものを作ってやったぞ!」って言う。そして、もう一つ大きなメッセージがあるんです。日本人って言うのは現在、分単位で動いてますよね。将棋って、プロの名人戦や竜王戦なんかは2日間に亘って行われるんです。今、ニコニコ動画とかでずっと中継してるんですけど、一手2~3時間考える時もある訳ですよ。それを観てる人はコアな将棋ファンですけど、27万人いるんです。凄く時間を贅沢に使ったエンターテインメントが、日本にもあるんだよ、と。時間に追われてる我々ですが、そうじゃない凄く豊かな時間の使い方が出来る楽しみ方を、本来の日本人は持っていたんだよって言う、一つの提示です」

だからこそ、将棋を知らない方にもっともっと観てほしい――池田監督は、そう言った。
古めかしいテーマを扱ったからと言って、作品自体が古めかしい訳ではない。つい忘れがちな当たり前の事を、『二人の女勝負師』は実にストレートに思い出させてくれた。
『二人の女勝負師』が持つ娯楽性は、“全く新しいエンターテインメント”と言っても過言ではない。

笠原「作品の中で憶えた棋譜を、時々スマホのゲームの中でやってみたりとかします(笑)。「やっぱり、これだけじゃ勝てないよなぁ」とか思いながらも、コンピューターだとしても相手が指してきた時に理由を考えられるようになったので……今まで生活の中で皆無だった将棋の占める割合が、少し増えたかなって感じですね」

日常に何か一つ加えるだけで、絶望的な生活が一変するかも知れない。
“何か”が将棋とは限るまいが、少なくとも『二人の女勝負師』はそんな切っ掛けになる作品なのは間違いない。

上映会は今後も続くそうだ。是非ともこの作品に触れて、大いに笑い、大いに泣いてほしい。
そして、近場で上映機会がないとお嘆きの向きは、是非ともDVDをお求めいただきたい。

『二人の女勝負師』は、“旧くて新しい極上のエンターテインメント”であった。

取材 高橋アツシ

『二人の女勝負師』公式サイト

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